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第48話
「美空くん、僕を神様にしてくれてありがとう」
本当は、ただの嘘つきなのに、と夕は困ったように笑いながら、深い慈愛を宿した瞳で美空を見つめていた。
「でも、君のおかげで、僕は今でも生きていられる」
長くて深い眠りの中、夕が見たものは天国への入り口の一歩手前だった。今思い返せば、あと一歩先へと進んでいたら本当に命が無くなっていたと夕は感じている。
真っ白で美しい花が咲き乱れる草原で、いつもいつも夕はずっと毎日を繰り返していた。日が落ちることも無ければ、昇ることもないその永遠の世界で、ただただ幸せな気持ちで過ごしていた。
その草原はとても広くて、いくら行っても走っても終わりがないように思えた。しかし、その草原の先に、ひときわきれいに輝く花畑を見つけた。
しかし、そのとてつもなく美しい花の広がる場所へ、進もうとする夕をいつも阻む何かがあった。
行かないでと引っ張るようにして、右手が後ろに引かれる。そして、そのまま体ごと引き戻されてしまう。
何だろうと思って見ると、ミサンガが結ばれていた。オレンジと水色の、ずいぶんと頑丈に作られたミサンガが、この先に行ってはいけないと言っているような気がして、夕はいつでも花畑の先には行かないで戻った。
そんな夢を、悠久とも思える時間を過ごした。
目が覚めて、本当に右手に結ばれていたオレンジ色と水色のミサンガを見た時、夕は泣きながら美空の名前をつぶやいたのを覚えている。家族の名前ではなくて、夕は美空の名前をつぶやいたのだ。
そんな話を聞いて、美空は涙がぽたぽたと落ちる。夕はその花畑に行ったら、死んでいたのかもしれない。それを引き戻していたのが、自分だったのかもしれない。美空はそれを思うと、なぜだか涙が止まらなかった。
そんな美空の肩を抱き寄せて、夕は覗き込むと指で美空の涙をぬぐった。温かい指先が流れるようにして、美空の目を撫でる。目を開ければ、そこにはいつもと変わらない、穏やかな笑みが見えた。
「……美空くん、僕ともう一度恋愛をしてくれませんか?」
夕は美空の冷えきっていた両手を握った。
「おこがましいし、僕のわがままなのはわかっている。でも、死にかけていた僕を、いつも救ってくれたのは君なんだ。手放したくない」
夕は美空の手を握りしめると、その手の甲に唇をつける。そうしてから、指をそっと絡ませて美空を見つめた。美空の心臓が、きゅっと引き絞られたかのような、痛みにも似た感覚が襲った。
離れていた三年半を埋めることはできない。しかし、これから先の時間を、ずっと一緒に過ごすことはできる。
「美空くんと一緒にいたいんだ。だから、死なずに戻ってきた。僕は、君に生かされたんだ」
夕は辛いリハビリを終えて、死なずに生きている。夕を天国へ行かせず、現世に引き留めたのは美空への強い想いだった。美空に生かされた命なら、夕は美空のためにずっと使おうと心に決めていた。
「終わらない恋愛を、君としたい。君は、僕の神様だよ、美空くん」
夕が退院をしてやっと電子機器類を手に取って、そして忘れかけていたものや凍結してしまっていたものを一生懸命サルベージし、最初に飛び込んできたのは美空からのメッセージの数々だった。
美空が週に一回、欠かさずに夕に宛てていた、手紙のようなメッセージ。夕はそれを観た瞬間から、美空への愛おしさが込み上げてきて、居てもたってもいられずに、気がついたら美空に連絡を取っていた。
「君が幸せでいられるように、僕に見守らせてほしい。あわよくば、僕の隣で幸せに笑っていてほしい。神様なんかじゃないけれど、ただの僕だけど……」
「……先輩。もちろんです、喜んで」
美空を抱きしめた夕の心地良い温もりを感じながら、耳元で聞こえる小さなありがとうというつぶやきに耳を澄ませる。
「先輩は、私だけの神様です」
美空が夕の背に手を回した時、右手に付けたオレンジと水色のミサンガが、ぷつんと切れた。そこに託した思いは何だっただろうか。遠い記憶の彼方に消えてしまっていたが、もう、記憶をたどらなくてもいいと美空は知っている。
やっと二人の時が前へと動き出すのだ。
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