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ふわふわした気持ちで文字を読み返していると、突然大きな機械音が部屋中に響いた。
雹の降る時に砂嵐が巻き起こったようなひどい音だ。
驚いて辺りを見回す。京作が立ち上がり、壁際の黒電話に近づいていた。
いや、正確には、黒電話の隣に置かれた物体だ。音の発生源は、そこに置かれた小型無線機だったらしい。
それを京作が手に取る。砂嵐の向こうから、微かに人の声が聞こえてきた。
「――い。おーい、親分。聞……るかー」
「聞こえるよ。魁君かな?」
「……おー。も……ぐ、くからよー」
「ん……?」
京作はこちらに背を向けたままで、表情は窺えない。それでも、首を傾げてちょっと困っているらしいのはわかった。
紙を座卓に残し、瑠璃子もそばに近づいてみた。
ふたりして機械を眺めていると、ガガっと何かが擦れたような音がした。それを境に、音声が大きく明瞭になる。
「だぁかぁらぁよー、もうすぐ着くんだって」
「着くって、誰が? どこに?」
「俺が。そっちに」
「えっ。どうした、なにか問題でもあったのかい?」
「は? ねーけど」
「ないのか。じゃあどうして来るんだ。あまり気軽に来ちゃいけないって言ったじゃないか」
「けど、フルカブのおっさんがいいって言やぁいいんだろ? いいって言ってたわ」
「言ってたのか……」
「な、問題ねーだろ。じゃあな親分。またあとでな」
一方的に通信が切れた。
京作は短いため息をつく。そして申し訳なさそうにこちらを見下ろした。
「そういうわけで……瑠璃子ちゃん。どうも魁君が遊びに来るようだ」
「昨晩の……」
「そう、昨晩のあの子。大丈夫かな?」
「あ、はい……」
「じゃあ、顔を洗って着替えておいで」
「……! は、はい」
「車だろうし、本当にもうすぐ来ると思うけれど、まあ、僕がここで相手しておくから。慌てなくてもいいからね」
「……」
「なんなら、無理に会おうとしなくてもいいんだよ。気が向いたら見においで」
「……はい」
起きてから顔も洗っていないこと、昨日の服をそのまま着続けていることを思い出して顔が熱くなる。みっともなさすぎる、ただでさえ夏だというのに。座卓から紙を取り、瑠璃子は身を翻して部屋を出た。
布団を敷いたままの一室に戻る。膝をついて三つ折りに畳み、押し入れに仕舞う。
慣れない部屋の真ん中に立ち、少し考えたあと、ひとまず櫛とタオルを持って洗面所に向かった。
「……」
鏡に映った青白い顔は、汗と涙の名残でどこもべたべたしていた。抜けた睫毛が二本も頬にくっついているが、一体いつからだろう。
黄土色の髪も絶望的にぼさぼさだ。痛いのを覚悟して櫛を差し込んだ時、ふと思い至って、もう一度真正面から鏡を見た。
右の横髪を櫛で取り、後ろに流す。露わになったこめかみのあたりに指で触れ、無言で見つめる。
傷跡は、どこにもなかった。
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