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 洗面所を出て自室に戻る。  顔はさっぱりしたが、黄土色の髪のうねり具合はさほど変わっていなかった。少し梳かしただけではどうにもならなかったのだ。たぶん寝癖以前の問題で、生まれつきこういう髪なのだろう。  次は着替えなければならない。  服を脱ぎ、新しい下着を身につけたところで、瑠璃子は心細く箪笥を見つめた。  一段目に指をかけ、ゆっくりと開ける。そして、一番上にあった服をそのまま手に取った。 「……」  この和室に揃えられた物は、すべて察馬(さつま)医師の内儀が見繕ってくれたらしい。  こうして明るい時間に改めて見渡してみると、とても印象のいい空間だ。全体的に(つづ)まやかながらも、細かなところに可愛らしさが散りばめられ、まさしく一六歳の娘が暮らす場所という風にまとめあげられている。彼女の美的感覚を疑う余地はどこにもない。  なので、おそらく服装面においても。  素直に彼女を信じ、従っていれば。  きっと間違いはないのだろう。  稲羽瑠璃子の見目そのものは、もうどうしようもないけれど。  服装だけは、そうおかしなことにはならないはずだ。……  案山子のように痩せた腰に、太い茶色のベルトを締める。  姿見を確認するため体の向きを変えると、膝のまわりでふわりと水色の裾が広がった。 「……」  襟付きのワンピース姿になった瑠璃子は、三秒ほど無感動に鏡を眺めたあと、むき出しの肘や前腕のあたりを触って「涼しい」と思った。  ふと、視界の隅で何かが動いたような気がして左を見る。  そこには鏡台があった。そちらに映っていた自分の横姿が目を掠めたらしい。 「……」  鏡台には、さっきもらったばかりの駅名の紙、それに小さな長方形の紙容器が置かれている。  近づいて、それを拾い上げた。  色褪せた黄色地と、白い「ミルクキヤラメル」の印字を撫でたあと、そっと開けて中を見た。群青色をした、親指の先ほどの大きさの石がちゃんと入っている。 「……」  あのノートにも書いてあったけれど――本当に、まるで小さい星空を閉じ込めたみたいに綺麗な色だ。  部屋は明るいのに、手の中に夜があるのがなんだか不思議で、瞳の前にかざしてつい見入ってしまう。  何十秒くらいそうしていたのだろうか。瑠璃子を現実に引き戻したのは、外から聞こえてきた車のエンジン音だった。  昨夜聞いたのと同じ音だ。はっとして鏡台に背を向ける。  そして廊下をぱたぱた走っている時、あ、と気がついた。石を片手に握りしめたまま飛び出して来てしまったのだ。  少し迷ったものの、結局戻りはせず、ワンピースのポケットに滑り込ませた。
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