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「ごめんね瑠璃子ちゃん、びっくりしただろう。もっと気をつけるべきだった。僕も、魁君も」
「えっ、と……」
「魁君には注意しておいた。もう同じことはしないと思う」
「あ、あの、そんな……。ごめんなさい、わたしこそ不注意でした」
「瑠璃子ちゃんは悪くないよ。本当にごめんね」
危機を救ってくれた当人から、酷く暗い面持ちで謝罪を重ねられる。
瑠璃子は青くなってしまった。どうしてそこまで謝るのだろう。
そもそも変な所にぼんやり突っ立っていたのが悪いのだ。車が入ってくるのはわかっていたはずなのに。
一体どうすればいいのか。とにかく京作の元気のない様子をこれ以上見たくなくて、おろおろしたまま歩み寄った。
混乱したまま彼の両手を取り、わけもわからないまま持ち上げたり握りしめたりする。
京作は黙ってされるがままだ。
瑠璃子はおずおず顔を上げて彼の表情を窺った。視線が合うと、前髪の落とす影の中で、ただひとつの瞳が少しだけ柔らかくなった。
常より更に控えめだけれど、笑ってくれた。それを見てよほど安堵したのか、額に熱い汗が噴き出すのがわかった。
「なんだそりゃ。すげぇなお豆腐」
不意に声をかけられた。お豆腐、というのは、瑠璃子のことを指す彼独自の呼び方だ。
見ると、蜂矢魁が車を降りている。
恵まれた体躯の若者で、今日もきちんとスーツを着込んでいた。ぴんぴんと跳ねた長めの髪、縫って作られたみたいに傷だらけの顔。
開けっぱなしだった木戸をおざなりに閉めつつ、しげしげとこちらを眺めている。
――瑠璃子は。
耳の奥で、ドッという音を聞いた。
「よく引っ張り上げたなぁ……親分塞ぎ込むとめちゃくちゃ長ぇのに。そんなことできる奴どこにもいねぇと思ってた」
「魁君。そんなことより瑠璃子ちゃんに」
「そーだな。ごめんなお豆腐、これから気をつける。今そのへんに寝てやるから、跨がって気が済むまでブン殴ってもいいぜ」
「瑠璃子ちゃんはそんなことしないよ」
「じゃあ親分が代わりにやるか……? だったら五発までにしといてくれ。俺、まだまだあんたの役に立つつもりだから」
「やらないって。こら、寝なくていいから……」
ふたりの声がどんどん小さくなっていく。
しまいには全く聞こえなくなり、動く口元だけが群青色の瞳に映っていた。
いや、違う。
ふたりの声が小さいのではない。自分の心音が大きすぎるのだ。
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