「出発」*樹

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「出発」*樹

 集合場所に車を止めて、一旦降りた。  全員集合して、どう分かれて車に乗るか、話していた時だった。 「樹、オレの隣に乗って!」  突然、佐藤に泣きつかれた。 「オレ免許取り立てで運転心配なんだよー」  意外な所から、妙な誘いか来てしまった。  どうしよう。  蓮がこちらを振り返った。 「先にオレの隣に乗ってもらう約束したんだけど」  蓮がそう言ってる。 「オレも長距離初だから。樹に乗ってもらえると安心するし」 「ていうか、オレも樹が一番安心だから頼んでるのにー」 「え、何でオレ?」 「だって、女子だと緊張するし、山田とかはふざけるし」 「あー……」  まあ……分からなくは、ない……。  オレは別に、佐藤の隣でも、大丈夫だけど……。 「だから、樹が一番安心できそう……」  そんな風に言われてしまうと。  ……どうしよう。  蓮を見ると、ちょっとムッとしてる。  そっち行くなよ、と思ってるんだろうなあ……。 「じゃあこう分ける?」  山田が割り込んできた。 「オレが加瀬の隣、後ろに女子三人。 佐藤の隣に横澤で、後ろに森田……とかは?」 「だから樹はオレの――――……」 「まあまあ、だって佐藤可哀想じゃん。ていうか、オレじゃやなのかー」 「嫌だっつーの」 「ひどい、加瀬くん!」  ふざけてる山田に、蓮が内心すごくイライラしてるのが分かるのは、きっと、オレだけだろうなー……と、オレは苦笑い。 「樹、いい? 隣……」  佐藤の心細そうな顔に、更に苦笑い。 「……蓮、オレ、こっち乗ってもいい?」  そう言うと、蓮はどうやらこれ以上言うのもおかしいと判断したみたいで。  はー、と息をつきながら、頷いた。 「佐藤、安全運転でな。オレ先走るから、なるべくついて来いよ」 「……ん、頑張る」  ちょっと隣に乗るのをためらう位の、力の込め方で佐藤が頷いてる。 「とりあえずどっかで休憩しよう。 山田から樹に連絡させるから。樹、スマホ出しとけよ?」 「うん」 「じゃあ出ようぜ」  蓮の言葉に応じて、皆動き出す。 「……樹乗せたかったのに」 「――――……蓮……」  オレにだけ聞こえるように言って、なんか少しむくれてるのが可愛くて、少し笑うと。 ぽん、と頭に手が置かれて、撫でられた。 「休憩所でな」 「……うん」  見上げると、ふ、と笑って。  蓮が車に向かって歩いていく。 「樹―」  佐藤に呼ばれて、振り返る。  もう森田は後ろに乗り込んでいて。急いでオレも乗り込んだ。  ドアを閉めて、3人になると、森田がおかしそうに笑った。 「なーんか、加瀬って、ほんとにお前のこと、好きだよな」  ちょっとだけ振り返って、森田を見て。 「そんな事ないよ」 「んな事あるって」  言い切られて、肩を竦める。  ふと気づくと、隣で佐藤が大分固まってる。 「……佐藤?」 「高速緊張する……」 「はは。 ゆっくり走ればいいよ」  そう言うと、佐藤がオレに顔を向けた。 「やっぱり、樹が隣でよかった……なんか落ち着く」 「つーか、お前も横澤好きな訳か」  クスクス笑って、後ろから森田が言ってくる。  蓮の車がゆっくり出発していき、佐藤もそれに続いて、車を発進させた。  佐藤祐(さとう ゆう)は、いつもなんかすごく優しい。ほわほわしてる。今回は、来れなかった橋本といつも仲良い。  森田大地(もりた だいち)は、とにかくはっきりしてるイメージ。ズバズバ物を言う。  このキャンプの発案者も森田だし、そういう騒ぐこと好きな蓮とは結構気が合うと思うけど……蓮は大学入ってからはあんまり参加してないから、一緒にいる所はあんまり見ないけど。  ……ていうか、蓮、オレとばっかり居るから。 「横澤ってさ~ 加瀬と高校から仲いいの?」 「入試の時に初めて喋った。 高校の時は接点なかったから」 「え。それで、一緒に暮らしてんの?」 「……うん、まあ……利害が一致して」 「利害って?」 「オレは料理できなくて、蓮は、洗濯とか掃除が苦手って」 「へーーーー。 そんなんで暮らして、うまくいくわけ?」  そんな風に言われてなんて答えようかと迷っていると、すぐに。 「うまくはいってそうだけど」  森田は、はは、と笑う。 「パッと見、全然タイプ違うのにな」 「まあ。そうだよね……」 「でもオレ、樹と加瀬が二人でいるのは、なんかわかるけど」  佐藤が前を見たままで、そう言った。 「分かる?」 「うん。なんか、穏やか。喧嘩とか、しないだろ?」 「――――……うん、まあ、しないかな……」  なんとなく、前を走っている蓮の車を、眺める。 「そーいや、山田ってなんであっち乗ったか知ってる?」 「?」 「女子3人の中に好きな子でもいんのかな」 「……全然知らないんだけど」  苦笑いで答えると、森田も「オレも知らないんだけど」と言って笑う。 「今回、あの3人連れてきたのは山田だからさ」 「あ、そうなんだ」 「オレは別に誰でも良かったんだけど……」 「そういえば、蓮が言ってた。今日の女子の中に誰かと付き合ってる子がいるのかなって」  まあ、一人は蓮のことが好きな子だから……それで山田経由でお誘いしたのかも、しれないけど。 「そういや、2人は彼女居るの?」 「オレは居ないよ」  森田に聞かれてそう言ったら。森田はふ、と笑った。 「お前にできないのは加瀬が邪魔なんじゃねえ?」 「え、そんな事ないと思うけど。 オレ、好きな子、今居ないし」 「あんだけ加瀬が張り付いてたら、女子もいけないんじゃないの?」 「……オレ、そんなモテないし。 いけないとか、そういうんじゃないと思うけど」  何言ってるんだろう、この人は。  そんな気持ちで、森田を振り返ると。 「うっわ、にぶいのな。 なるほど……」  クスクス笑う森田に、隣の佐藤が、「そういう言い方すんなよ」と苦笑い。 「樹はモテると思うよ。 あのゲームの後だって」 「――――……」 「……加瀬のこと好きな女子にも悲鳴が上がってたけど、 樹を好きな女子からも悲鳴が上がってたし」  佐藤の言葉に、特に違うとの根拠もないから何も言い返さないけれど、つい、首を傾げてしまう。  ……誰、オレのこと好きな女子って。  心当たりがまったくないんだけど。……謎。 「オレそのクラス会、休んだんだよなー、つまんね、見たかった」 「……見なくていいって。なんで見たいの」  苦笑い。  すると、森田は、おかしそうに笑って。 「横ざわ……言いにくい、樹って呼ぶことにする。いい?」 「え。あ、うん」 「…樹が、加瀬にキスされて、どんな顔してたのか。見てみたかったな~」 「え、それ、マジで意味が分かんない」  すぱ、と切ると。 またおかしそうに笑う。 「佐藤はそのキス、見たんだろ? どんなだった?」 「どんなて…… だって、樹、すごい拒否ってたからね。 加瀬もさ、他の奴にしてもいいかとか言ってたし。でもなー、橋本も譲らなかったし……まあオレ達も悪乗りしてたしな」 「他の奴にしようとしてたのか? 加瀬が?」 「うん、相手変えてもいいかって、橋本に聞いてたよね?」 「うん。……言ってた」 「けど、オレと橋本も罰ゲームやったから、橋本も譲らなくてさー。結局加瀬と樹がやる事になったんだよ」  少し渋滞して、車が止まっているから、佐藤がオレを見て、ね、と笑う。 「――――……まあ、相当、まわり、悲鳴だったんだろうな」 「悲鳴もだけど、歓声も起こってたよ」  佐藤が苦笑しながら答えると、森田はおもしろそうに笑った。 「森田は、彼女いるの?」 「いるよ。佐藤は?」 「居る」 「2人とも、大学に居るの?」  オレが聞くと、2人は同時に首を横に振った。 「高校の時の子」 「オレも~」 「へえ、いいね、続いてるんだね。 オレは高2で別れちゃってるから、こないだ、元気かなーって思い出してたんだー」 「樹の彼女てどんな子だった?」 「んー……派手で、明るくて…… すごく活発な子だった」  思い出しながら言うと、佐藤も森田も、え、と顔を向けてくる。 「優しくておとなしい子、とかじゃないんだね」 「意外。 てか、絶対、ひっぱられてただろ」 「……よく分かるね」  ちょっと腑に落ちないけれどそう言うと、2人がぷっと笑った。……森田なんかは、もはやめちゃくちゃ楽しそうに笑ってる。 「樹、おもしれーな」 「……森田笑いすぎ」 「あ、怒った?はは。おもしろ」  むー。  一瞬黙ってると。 「ごめんごめん」  まだしつこく笑いながら、言ってくる。 「もーいいよ……」  苦笑いしてると、目の前の蓮の車が高速の入り口に向けて、車線変更していく。 「あ。佐藤、高速だね。……しゃべってても平気?」 「……んー。オレは答えられないかも」 「了解」 「頼むぜ、佐藤ー」 「とりあえず加瀬についてく……」  緊張し始めた佐藤を横目にしつつ。 「てか、森田が免許取ってないの意外」 「あ、オレ今取りに行ってるとこ。間に合わなかった」 「あ、そうなんだ」 「今度どっか行く時は、オレが乗せてやるから」 「うん」  やっぱりなんとなく、森田って、蓮とちょっと似てる気がする。  まあ森田の方が悪ふざけ度は高いけど。  意外と車の中、楽しくて、話が途切れない。  よかった、なんて思いながら。  蓮はどうしてるのかなあ、と。  前の車を眺めた。
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