リングファインダー

1/2
前へ
/4ページ
次へ

リングファインダー

「よし、こんなもんかな。下書き保存、と」  一仕事終え、肩甲骨をぐいぐい回す。  私の仕事はリングファインダー。  日本ではまだちょっと馴染みがないかな。  一言でいうと「落とした結婚指輪を探すお仕事」だ。    発祥はアメリカ、ハリウッドだって言われてる。  なにしろあちらは家も庭も道路も広いし、治安の問題もある。くわえてうざいほど愛妻アピールをするのが習わしのお国柄だ。結婚指輪をどこかで落としてしまったなんてなれば、もう大騒ぎ。  ある日のことだ。 『僕は三日三晩落とした道を行ったりきたりした。昼も夜も。出張先でのできごとで、友人たちには助けを求められない。ネットで検索し、半信半疑で依頼すると、彼はすぐ来てくれた。金属探知機は、僕の目には宝剣エクスカリバーにも見えた。宝剣が闇の中できらっと光る指輪を見つけたとき、僕は天を仰いだ。神よ!』    SNSを見ていたら、そんなツイートが回って来た。  さすがお国柄。ハンバーガーもこういうときの反応も、無駄に大きいぜ……そんなことを考えながらRT数を見てみて驚いた。驚異の十万RT。そんなに共感できる話か? エクスカリバーが?  就職氷河期に正社員になり損ね、契約や派遣OLを転々として、今はwebデザインから100均のおすすめ記事の執筆、単発のゲームシナリオ、迷い猫の探索と、なんでもやってのその日暮らし。そんな未婚中年女性の私には、結婚指輪をなくすという状況が、よくわからない。  ふと思い立って『なくす 結婚指輪』で検索してみた。  するとまあ、出るわ出るわ。日本でも、指輪をなくす人のなんと多いことか。  そして同時に気がついた。日本ではまだ「リングファインダー」を名乗る業者がいないことに。  さっそく、自分のサイトや名刺に私はその職種を書き入れた。  こういうのは名乗ったもん勝ちなのだ。もし依頼があったなら、それをネタにコラムの一本も書けるだろうし。  なくし物探しは、迷い猫である程度コツを掴んでもいる。クライアントから状況を詳しく聞き出し、行動心理学や原理学に基づいて類推する。人間の行動なら猫より掴みやすいだろう。  なんであれ、この歳までなんでもやって生きてきたのだ。細かいことは依頼が来てから考えて、なんとかしよう。なんたって〈リングファインダー〉というちょっとかっこいい響きがいい。結婚。自分には無縁の世界だけど、だからこそお手伝いをできるのもいいではないか。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加