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ひとり開業秘話に思いを馳せていると、スマホが震えた。
「はい。――ああ、ご覧いただけましたか」
今日の仕事の依頼人だ。
『見た見た。あれでいいよ。だけどちょっと高くない?』
そうきたか。せこいなあ。とは、もちろん言わない。お客様は金払いがいい場合に限り神様です。
「なにしろ一度しか使えない手ですので……口止め料も込みですし」
淡々と告げると、電話の相手は「わかったわかった」と大して困ってる風でもなく言った。先方も、自分たちの方が不利な立場であるとわかってはいるのだろう。
『じゃ、あとは宜しく。えっと、OLさんが見るであろうお昼時に投下、だよね』
「はい。そのあと十九時から二十三時の間にあらためてお礼の言葉を出してください。その時間帯がネットを見ている人が一番多いので。こちらも都度目情入れたり、リツイートします」
『了解』
電話を切って、何台かあるPCディスプレイの前に陣取る。時計が十二時を回った辺りで、くだんの相手が『あ、…………』とSNS上で呟いた。
いいぞ。いい具合に思わせぶりだ。
何千人かいるフォロワーの中には『なになに?』とすかさずリプを送っている人もいる。
『〈速報〉指輪、見つけた』
彼は続けてツイートする。――私の指示通りに。
『恥ずかしながら告白します。実は三日前、結婚指輪をロケ先で紛失していました。妻に申し訳なくていてもたってもいられず、他の仕事が終わってから毎日探していたところ、ついに』
添付されているのは、泥にまみれた結婚指輪の写真。
さあ、ここからもう一仕事だ。私はすかさず引用機能を使い、こうツイートした。
『待って。ここうちの近くの土手。こないだバイト帰りに見かけたのご本人??』
続けてツリーを作る。
『いや、なんか探してるふうのひといたけど、こんなご時世だし、人違いかもだし、声とかかけないじゃん……うわー、そんな大事なもの探してたなら手伝えばよかった』
すかさずアカウントを切り替える。
『えっ、その人私も見た。他に見たって人と違う日だから、マジでひとりで何日も探してたんだ……てっきり変な人かと……なんかすみません……あんな寒い中ひとりで……?』
ふたつの引用リツイートが、みるみる拡散されていく。
今だ、拾え! というタイミングで、クライアントはちゃんと役割分担を守った。
『こちらこそ不審がらせてすみません完全に僕の不注意なので……そのお気持ちだけで嬉しいです 有り難うございます 』
いいぞ。汗と土下座の絵文字の使い方もいい具合に「感じのいい若手俳優」のそれだ。絶対に「(^_^;)」だけは使うな、おっさんになるから、ときつく釘をさした甲斐があった。
私はまたアカウントを切り替える。
それぞれのアカウントはしばらく前から作り込んでおいたものだが、その中から「子育てに疲れた主婦」を選びリプ。
『うちのオットも新婚時代なくしたことあったけど、こんな一生懸命探してくれなかったなー。最近なんか仕事で邪魔とか言って、つけてもくれなくなったし』
それに対してまた別のアカウントからリプ。
『うちは食い込んでもう外れないからなくす心配はないわ』
『それな』
そこまで工作するうちに、他の人もどんどんリプライを飛ばすようになり、元ツイのリツイート数は数分で一万を超えた。
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