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落とし物を落とす
リングファインダーとして最初の依頼がやってきたのは、たくさんある肩書きのひとつにそれを加えたことなど、すっかり忘れていたある日のことだった。
詳しく状況を聞くために指定した喫茶店に向かう。現れたのは定年手前、入社以来事務職一筋です、みたいな雰囲気の男性だ。
なくしたと思われるここ数日の行動を、思い出せる範囲で全部話してもらう。至って模範的に、決まった時間の電車に乗り、駅直結の会社に出社し、たまに行く居酒屋も行きつけが決まっている。それらにはすべて問い合わせ済み、今のところ有力情報はなしとのことだった。
「でしたら、今日はおうちにおうかがいして一緒に探させていただくということで宜しいでしょうか」
「はい。そのつもりでおりました。今日は妻が友だちと出かけていますので」
なるほど、その間に見つけたいということなのだろう。だったら手が多い方がいい。
この件がきっかけで、定年手前に熟年離婚などに発展したら大変だ。
amazonで二千円也の小さな金属探知機を握りしめ、私はリングファインダーとしての初仕事に向かった。
指輪はなかなか見つからなかった。
聞けば、台所仕事などは奥様に任せきりとのことだから、キッチンの流しは除外。
洗面所もお風呂も、奥様の性格なのだろう、ごみ取りシートが被せられていて、流れてしまうことはなさそうだ。
そうなるとあとの頼みの綱は金属探知機だった。エクスカリバーとまでは行かないが、値段の割にちゃんと反応したので、短刀くらいの働きはあると思うのだが、反応したところを全部調べていっても指輪の「ゆ」の字もない。
見つからなかった場合も時給は頂戴する旨のサインは頂いているから、損はしないのだが、結婚指輪は普通の指輪とはまったくその価値が違う。
できることなら見つけて差し上げたいのだけど――
しゃがみすぎて痛む腰をとんとんとたたき、つい、軽口を言ってしまった。
「いやあ、ここまで探してないってなると、あとはお父さんが不倫相手のおうちに置いてきたとかでもないと見つからないですね」
「えっ」
「ーーえ?」
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