おとす、おとす。

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――駅前広場だけど、駅のホームとか電車の中じゃないし……届けるなら駅員さんじゃなくて、交番でいいかな。  携帯電話ならば、この携帯から持ち主に電話をかけてあげるというのもありだろう。一瞬そう思ってスリープ解除ボタンを押したが、すぐに“普通はロックかけてるはずだよな”と思い直した。  もっと言えば、最近は携帯電話を持っているけど家電はないという家も少なくない。プロフィールに自分の情報を登録していたところで、連絡先にこの携帯電話の番号しか登録していなかったら連絡のしようがないではないか。やはり、素直に交番に届けるべきか。ロック解除の鍵マークをクリックすることもせず再びスリープにすると、私はその足で交番に向かった。  交番はすぐそこにある。大きな駅ということもあって、この近辺は酔っ払いのトラブルも絶えないと聞いたことがある。やっぱりさっさと届けてすぐ帰ることにしよう、と私は煌々と灯を灯す交番にぱたぱたと走った。 「すみませーん」 「はーい、どうしましたかー?」  出てきたのは、女性のお巡りさんだった。しかも私より年下なのではないか、と思うくらいに若い人である。眼鏡をかけた、そこそこの美人だった。こんな時間にお疲れ様です、と思いつつ携帯電話をカウンターに乗せ事情を説明した。  彼女は私の話を聞いてメモを取ると、ありがとうございます、と笑顔で言ってくれた。 「助かりました。あ、念のため連絡先を教えていただけますか?それと、落とし主が現れなかったら、落し物は落とした人のものになるのですけど……」 「ああ、それはいいです。人様の携帯電話ですし」 「そうですかー、わかりました」  きっとプライベートではとってもフレンドリーな人なんだろうな、と思う。警察官というより、親しみやすい店員さんのような雰囲気の人だった。こっちとしても堅苦しいのは苦手なので非常に助かるところである。  落とし主の権利を主張するつもりはないが、念のため連絡先だけは教えて交番を後にした。やや砕けた口調ではあったものの、女のお巡りさんは最後まで礼儀正しくてきぱきと対応してくれて安堵したものである。以前にも落し物を届けたことがあるが、お巡りさんによっては非常に手際が悪い人というのも残念ながらいるのだ。ちょっと届けて終わるはずが、数十分よくわからない話で校則されたこともある。何度もどこかに電話をかけたり、何かを書かされたこともあったが――あれは一体何であったのやら。  その日は、特に何事もなく終わった。自宅に帰ってシャワーだけ浴びると、そのままぐっすり眠りこけてしまったのである。翌日が土曜日、休日で本当に良かったと思う。そうでなければとんでもない遅刻だったはずだ。めざましも何もかけずに眠ったその日、目覚めた時には針は完全に正午を指していたのだから。
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