おとす、おとす。

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 *** 「ごめんなさいね、何度も電話をおかけして」  私に対応したのは、中年の女性警察官だった。女性である私に配慮してくれたのかもしれない。昨夜、私が落し物を届けたことは交番にも記録が残っている。防犯カメラにも顔が映っていたはずだ。死の間際に彼女と会った一人として、どうしても話を聴いておきたかったのだろう。  ちなみに昨夜のあの時間、交番に勤務していた人物は二人だった。S駅はトラブルが多いので、必ず二人はいるようにというルールが特に徹底していたのだという。私が会った時に一人しか出てこなかったのは、奥で仕事に関わる電話をしていたからということらしい。 「あの、私に対応してくれた警察官さんですよね、亡くなったの。……殺人事件、なんですか」 「それも合わせて今、調べているところなの。ごめんなさいね、あまり詳しいことは言えないし……貴女も知らない方がいいと思うわ」 「それって……とても残酷な亡くなり方をしたってこと、ですか」 「まあ、そういうところね」 「そんな……」  知らない方がいい。その言葉に、私は眉を下げた。少し話しただけだが、悪い人にはとても見えなかった。きっとプライベートでもたくさん友人がいて、人に好かれるような優しい女性に見えたというのに。  その時のことを詳しく尋ねられるのだろうか――そう思っていた私に、しかし投げかけられた質問は予想外のものだった。 「貴女に訊きたいのは、あの携帯電話のことなの。貴女が届けてくれたあの携帯、正確にはどのベンチに落ちていたのかわかる?」 「え?」  何で、携帯電話の話なのだろう。私は首を傾げながらも、正直に答えることにした。 「えっと……四つあるベンチのどっちかってことですよね?銅像の前にある二つのうち、ここから見て奥にある方ですけど……」  まさか、あの落し物が関係しているのだろうか。私は真剣な顔でメモと取る刑事を見つめる。 「ありがとね。……それともう一つ質問なんだけど」 「は、はい」 「貴女、あの携帯の中身は見た?スリープを解除したりしたかしら?」 「え?」 「正直に教えて頂戴、大切なことなのよ」  勝手にスリープを解除しようとした、なんて言ったら咎められるのかもしれない。相手に届けてあげたかったから、なんて善意であったとしてもだ。しかし、どうにも女性警察官が言いたいのはそういうことではないらしい。私は観念して、正直に話すことにした。スリープ解除ボタンを押したものの、ロックの鍵マークにも触れないでそのままもう一度スリープにしてしまったと。ホーム画面も見ていない――その言葉に、彼女はあからさまにほっとした顔を見せた。 「そう、ホーム画面も見てないなら……“あの写真”も見てないのね。良かった。……いえ、見てたらこんなに落ち着いてなどいないわよね。あの携帯、ロックかかっていなかったから」  あの、写真。  どくん、と心臓が跳ねた。どんな写真ですか、と震える声で尋ねるも黙って首を振られてしまう。これも“知らない方がいい”ということなのだろうか。だがこうも詳細の何もかもを隠されてしまっては、余計不安な気持ちになってしまうというものである。  私がじっと見つめ続けると、視線の意味に気づいてか彼女は深くため息をついた。 「……亡くなった野田さんは、とても特徴的な亡くなり方をしたのだけれど。……それと同じ亡くなり方をした人の写真がね……スマートフォンの中に入っていたのよ。それも、たくさん。それで、警察の方でいろいろと調べているというわけね」  まさか、猟奇的な連続殺人だというのか。背筋に冷たいものが走った私に、彼女は言った。予想の斜め上の言葉を。それは、現場の、現実的な警察官としてはまず有り得ないような言葉だった。 「貴女、家の電話の方持っている?できればそっちの連絡先を教えてもらえないかしら。それと……携帯の電話番号は、急いで変えなさい。悪いこと、言わないから」
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