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「あるところにね。白雪姫と比べても遜色ない……それはそれは美しい娘がいたの。魔法の鏡に聞くまでもなく、この世界で一番美しい娘。魔女は、その娘が憎たらしいと思っていたわ。彼女がいなければ、自分が世界で一番美しい女になれるはずなのに。彼女がいなければ、皆が褒め称えるのは自分になるはずなのに、って」
そこで彼女は考えたわけ、と。アーリーンは続ける。
「自分を美しく磨くのには限界がある。しかし、白雪姫のごとく美しい娘を殺してしまったら、自分は犯罪者になってしまう。そうなったら面倒くさい。何よりそんなくだらない血で汚れるなどまっぴらごめんだ。だったらこういうのはどうか。……犯罪など一つも犯さず、娘の美を損なわせてしまえばいい。娘が自ら、醜い存在に落ちれば全ては解決するだろう、と」
「醜い存在?」
「そうよ。そのために魔女は……娘と仲良くなることにしたの。どうしてだと思う?……娘に、醜くなる魔法をかけるためよ。そう」
つん、と。アーリーンが私の額の中心を小突いた。きょとんとする私の目に、彼女の絶世の美貌と笑顔が焼き付く。
「歩くのもままならないくらい、娘を太らせてやろうと考えたの。毎日のように、大量のお菓子とご馳走と、薬を食べさせることによってね」
とっさに、何を言われているのかわからなかった。固まる私の目の前で、アーリーンは優雅に紅茶を飲む。そろそろ魔法も解ける頃よね、と言いながら。
「貴女に肝心なことを言ってなかったわねえ、ブリアナ。私ね……可愛くて若い女の子っていうのが……本当は死ぬほど嫌いなのよ。若いというだけでちやほやされて、持て囃されて。そういう子を見るとね、叩き落としてあげたくなるのよねえ……地獄に」
どういうこと、と。立ち上がろうとした私は、それができないことに気づいた。ずっぷりと柔らかなソファーに沈み込んだ身体は、重くて全然動いてくれる気配がない。丸太のように太い腕に、足に、一生懸命力を込めるもじたばたとソファに身体が食い込んでいくばかりだった。このまま後ろにひっくり返ってしまったら、きっと立ち上がれなくなるだろうとわかるほどに。
薬を飲まなければ。早く、薬を。バッグの中をのたくたと探る私を見ながら、アーリーンは高笑いする。笑いながら、私に見せつけるように小さな鏡をつきつけてきた。私は半泣きになりながらそれを見つめるしかない。
「ご覧なさい、これが現実。……白雪姫を堕とすのに、毒林檎なんか要らないのよ」
ああ、彼女は紛れもない、本物の魔女であったのだ。今更思い知ったところであまりにも時は遅すぎる。
鏡の中には。
首がなくなり、膨れ上がった頬が垂れ下がり、目や鼻さえも肉に埋没するほどの――醜い醜い娘の姿が、はっきりと映し出されている。
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