64人が本棚に入れています
本棚に追加
/251ページ
「一つは、前々から調査を続けている沖川事件だ」
―――あぁ、あの。義丞は静かに持っていたカップを戻す。
「君たちが六年前意地を張って、僕のヒントを聞こうとしなかったあの事件か。だから言っただろ、あの女は質が悪いって」
この男の煽りにいちいち構っていたら、ストレス過度で倒れてしまう。塚本はここ数年で、無心になる術を得た。
「二つ目は、つい二日前に起こったものだ」
〈二日前〉その近況加減に、紅茶の水面が揺れる。
「珍しいね、そんな近々のものを持ってくるなんて。担当新卒の出来が悪かったのか、それとも無暗に深く触れられない案件なのかどっちかな」
明らかに前者は澤山を指しているわけだが、当の本人はのんびり茶を啜っている。
「まぁとりあえず、今の仕事も今日中に片付けられるし、受けてもいいよ。だが孝明君の浮かない顔を見るに、君は僕には言いづらいが事件に関する重要な事柄を、まだ隠し持っているらしい」
拍子を抜かれたような声を出した澤山のことなど気に留めず、小供はすっかり冷めてしまった三人分のティーカップに紅茶を入れなおそうと、無言で下げ始める。
「あぁ、飲みかけだったのに」
そんな義丞の言葉に少々いらだった小供であったが、すぐさま新しい紅茶の入った同じものを皆の前に置く。どこか不服そうな顔の義丞と、それとはまた少し異なる表情の塚本は同時にカップに手を伸ばした。
「偶然か否か、僕のもう一人の助手が〈二日前〉から特別休暇を取っているんだ。お父上が亡くなったらしくてね」
―――やはりそうか。一瞬だけ動いた塚本の眉を義丞は見逃さない。二件目は正に、義丞の助手である堺美空の父、堺直司が殺害された事件であった。少々時間がかかることを考えながら、義丞は別の封書を塚本から受け取る。
「まぁ、妥当な値かな」
中身は、今回の報酬額の内訳。警察から依頼が来る際、一件解決するごとに半年は不自由なく生活を送れるほどの金額を受け取っている―――生活水準から見れば、人によっては一か月にも一年にもなるのだろうが―――。
「じゃあ先に今受けてる依頼をさっさと終わらせることにするよ」
それを合図と取ったのか、塚本は澤山を連れて早々に部屋を出て行った。
最初のコメントを投稿しよう!