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「ちょっと、何今の顔。見た?こんなだよ、こんな」  義丞は再びカップを下げに来た小供に向け、自らの目尻を思い切り上に引き上げながら口をへの字にすることで、半分以上馬鹿にしながら数秒前の塚本の顔を真似る。 「今受けてる依頼、いい加減に終わらせないようにしてくださいよ」  冗談が通じないな。少々口を尖らせながら、義丞は守るように自分のカップを手に取り、ゆらりと揺れる茶面を眺める。自身の顔がぼんやりと映る紅茶の鏡は、先ほどまで上げていた霧を綺麗に仕舞い込んでいた。 「いい加減になんかしないさ。〈良い加減〉で終わらせるんだよ」  よくここまで屁理屈が出てくるものだ。小供はむしろ感心し、それ以上の追及はしない。 「ま、あとは報告を済ませるだけなんだけどね。単純明快、直截感銘。あんな簡単なご依頼も稀っちゃ稀だ」  まるで迷い猫探しの依頼かと思われるが、義丞の元にくる依頼は基本的に殺人事件が主。今回の依頼も同様だった。再び小供の溜息を聞かされる前にと、義丞は残りの紅茶を一気に飲み干し、空になったカップを給湯室へ運ぶ。そして書斎に戻るや否や濃紫のコートを羽織り、持ち運びに丁度よさそうな革製の鞄を片手に再び部屋を出る。 「どこに行かれるんですか」 「何だいその訝しげな顔は。良い加減で終わらせて来るだけだよ、十五分くらいで戻る」  ―――いってらっしゃいませ。義丞の言葉選びに対し不満を述べてやろうかとも思ったが、今更かと小供は悟った。
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