鬼への手紙

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 俺の名前は鈴木まこと、名前のどこにも鬼という文字は無い。  額の生え際に小さなこぶのようなでっぱりが二つあるせいで、子供の頃に『鬼ちゃん』と呼ばれるようになった。  今は前髪を伸ばしてこぶを隠しているので、大学の中で俺のあだ名の由来を知っている奴は少ない。 「鬼ちゃん、夏休みのバイトどうする?」  俺を鬼ちゃんと呼び始めた張本人が、フライドポテトをつまみながら聞いてくる。  講義が一つ休講になったために、裕也と二人で大学近くのマックで時間を潰していたのだ。 「裕也、俺はまた拾ったぞ」 「拾ったって、何を?」  俺は隣の座席に置いていたバッグから、リボンのついたキーホルダーとレースのハンカチとピンク色のシュシュを取り出した。 「全部、この町で拾った。同じ女の匂いがする」 「鬼ちゃん……もしかして、手紙の主を探して町中を徘徊したわけ?」 「ああ、こんなに拾ったんだ。女はこの町の住人だ」  裕也は頭痛がするかのように頭を抱えた。 「どこから突っ込んだらいいのか……」 「突っ込まなくていい。全部真実だ。俺は女を見つけて、必ず食べる」 「あ、そう」 「そうだ」 「じゃぁ、友人として、鬼ちゃんが犯罪者にならないように忠告してやるよ」 「忠告?」 「まずね、確かにそれらは女性のものみたいだけど、同じ女性のものとは限らないでしょ」 「いや、全部同じ匂いがするんだ。同一人物の落としものだ」 「うーん。まぁ百歩譲って同じ人の落としものだとしても、それを全部集めている鬼ちゃんって、はっきりいってストーカーだからね。自分の落としたものを知らない男が大事に保管しているのって、普通の女の人なら怖がっちゃうからね」  俺は手紙の便箋を裕也に見せた。 『はやくさがしだせ』  きれいな女文字でそう書かれている。 「探せって言ってるんだ。きっと怖がらない。俺は女を食べる」 「だーかーらー! その『食べる』って何なんだよ! それが一番怖いっつうの!」  俺は便箋を見下ろした。  鼻を近づけて匂いを吸い込む。 「でもなぁ、その女に対しては『食べたい』っていうのが一番しっくりくるんだよなぁ。おいしそうな匂いだからかな……?」 「鬼ちゃん……やっぱ怖いよ……」  結局、俺は夏休みにアルバイトはやらないことにした。  せっかく時間があるのだから、このいい匂いの女を探して歩きたい。
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