鬼への手紙

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「いってぇ!」  たまらずに体を起こす。  すると女は俺の額の二つのこぶを拳でぐりぐりと押してくる。 「んぎゃ! いでで、いでで! やめて!」 「この馬鹿者が! いきなり噛みつきやがって!」  俺のいい女は、めちゃくちゃに口が悪かった。  俺の腹をゲシゲシと足蹴にしてから、そこに仁王立ちした。 「おい、鬼」 「は、はい!」  なんで、女は俺のあだ名を知っているんだろう? 「そこに正座しろ、正座」 「はい!」  意味が分からなかったが、俺はアパートの狭い玄関に正座した。  女は腕を組んでしばらく俺を見下ろしていたが、ふいにぷはっと噴き出した。 「あははは! やっぱ鬼は鬼なんだねぇ。あんた、何のために人間に生まれてきたんだい?」 「え?」  何のために生まれたのかと聞かれても。  女のいい匂いが俺を包んで、思考がうまくまとまらない。  俺はポケットから手紙を出して、便箋を女に見せた。 『はやくさがしだせ』  女はニコッと嬉しそうに笑った。 「それを拾ってくれたのか」 「ああ。俺はお前を探すために生まれてきたと思う」 「探してどうするつもりだった?」 「食べるつもりだった」  女はまた笑う。 「いーや、食べちゃダメだろう」 「ダメ、なのか?」 「ああ、人間には人間らしいやり方があるんだよ」  女は身をかがめて、俺の顔を覗き込んだ。 「ちょっと口を開けてろ。絶対に噛むなよ」  と、言ったかと思うと、俺の口に吸い付いてきた。
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