鬼への手紙

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 ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てて軽く吸い、次に舌を差し込んでくる。俺の口の中をじっくりと味わう様に女の舌が動き回り、俺はとろんと溶けるような心地でぼうっとしてしまう。  あれぇ? キスってこんなにいいもんだったっけ? 「……は……」  下唇を甘噛みしてから、女が口を離す。 「どうだった?」  女が間近で目を細める。 「はい……なんか……腰が砕けました……」  女がくすくす笑いながら俺に抱きついてきた。 「やっと人間になれたんだから、人間のやり方で愛してくれよ。鬼みたいに相手を食べちゃうよりずっといいよ」 「うん……よく分かんないけど、分かった」  女は散らばったエコバッグの中身を片付けて、首筋の噛み跡に絆創膏を貼って、それから俺にお茶を淹れてくれた。 「さ、正座は解除していいよ。靴を脱いでこっちのテーブルにおいで」  そして、俺は名前を名乗り、女も名前を名乗り、今までの人間として生きた時間について詳しく語り合った。  俺と女は恋人になり、裕也にもちゃんと紹介した。  裕也は、それはもう驚いていた。  俺と女は数年後には結婚をして、さらに数年後には子供も生まれた。  俺と女は人間として真っ当に愛し合って、人間として真っ当に人生を生き切った。
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