Halloween Night.

1/1
99人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

Halloween Night.

   ◆ Halloween Night. ◆  メイングリルへと足を運んだ辰巳を、道化師の仮装をしたスタッフは奥にある個室へと案内した。ここへ来るまでの通路でも、すれ違うクルーたちは皆なにかしらの仮装をしていて、辰巳としては苦笑を漏らすしかなかった。  ”凝っている”と、そう言ってしまえばそうなのだろうが、辰巳にはハロウィーンなどというものはあまり縁がない。  こちらですと、そう言ってスタッフの開けたドアの向こうに見えた光景に、辰巳は思わず言葉を失った。  襟の高い黒マントに鋭い牙を口許に覗かせたフレデリック。司祭服(キャソック)を身に纏ったマイケルの手元にはご丁寧にも聖書が置かれている。極めつけは、些かならず露出の多い魔女の衣装に身を包んだクリストファーが、正面に陣取っていた。 「やあ辰巳。待ってたよ」  すかさず立ち上がったフレデリックが、入口に立ち止まったままの辰巳の腕を引く。 「さあさあ、食事にしようじゃないか。僕としては今すぐにでもキミの首筋に歯をたてて血を吸いたいところだけれど♪」  ノリノリで吸血鬼になりきっているフレデリックに溜息を吐いて、辰巳は腕を引かれるままテーブルについた。 「どうでもいいがクリスよ、なんでお前はそんな恰好してんだ」 「似合うだろう?」  平然と返すクリストファーの胸元には、見事なまでのふくらみが谷間を作っていて、正直目のやり場に困る。 「どうなってんだそれ」 「シリコンと特殊メイクでこんなものはどうにでもなる」 「あぁそうかよ…」  無理やり女装をさせられている訳ではないらしいクリストファーの態度に、もはや突っ込むべき言葉も見当たらない辰巳である。  十月三十一日。この日『Queen of the Seas』では【Halloween Night】というイベントが開催されていた。  クルーの全員が仮装でゲストを出迎えるという趣旨らしい。この光景をゲストが知ったなら、間違いなく辰巳は羨望の的になっているところだ。が、こうも濃い面子に取り囲まれての食事は遠慮願いたい。というのが辰巳の本心だろう。 「お前もなにか仮装したらどうだ」 「勘弁しろよクリス…」  クルーでもないのに仮装など御免だと辰巳が言えば、クリストファーが肩を竦める。 「辰巳なら、狼男なんかが似合うんじゃないか?」  マイケルまでもが可笑しそうに言って、辰巳は顔を顰めながらも隣のフレデリックを見遣った。 「まあ、狼男ならフレッドに噛みつかれなくて済むかもな」 「なるほど、確かに…」 「吸血鬼が人間以外の血を吸うってのは、確かに聞いたこともないな」  妙に納得したように呟くマイケルの横で、クリストファーが明らかな悪ノリをしてみせる。当のフレデリックはといえば、当然唇を尖らせた。 「なら、僕に噛みつかれないためならキミは仮装をすると、そう言うんだね?」 「そうは言ってねぇだろ」 「いいだろう。キミが仮装をしてくれるなら僕は涙を呑んで我慢するよ…」  辰巳の台詞などお構いなく大袈裟にがっかりしてみせるフレデリックには、もはや何を言っても無駄だった。否、明らかに妙な方向に話の流れが向かってしまっていると、辰巳が気付いた時には既に時は遅かった。 「じゃあ、辰巳にはこれを…」  明らかに事前に用意されていたであろうスーツケースをフレデリックは差し出した。辰巳の視線が、スーツケースとフレデリックの間を行き来する。  いつまでも受け取ろうとしない辰巳の膝の上にスーツケースを押し付けたフレデリックの長い指が、ケースの蓋をあげる。  中から現れたのは、何やら黒い衣装と、その上に置かれた二本の大ぶりな角だった。 「何だこりゃ」 「辰巳には、魔王になってもらおうと思って」 「はぁ? ふざ…」  辰巳が断るよりも早く、フレデリックの指が小気味のいい音を鳴らす。  すぐさまドアを開けて現れたナース姿の女性スタッフは、あっという間に辰巳の背後に回り込むと、黒い頭に角を着けてしまった。 「とても良くお似合いです、辰巳様」  にっこりと笑いながら鏡を差し出してくるスタッフに苦虫を噛み潰したような顔をして、辰巳はフレデリックを睨んだ。その顔は、まさしく魔王と呼ぶに遜色がない。 「おいこらフレッド、てめぇ女使ってんじゃねぇよクソが」 「残念だけど、僕もクリスも、もちろんマイクもこういった事には不慣れでね。彼女にお願いするしかなかったんだよ」  悪びれもせず言ってのけたフレデリックが礼を言えば、女性スタッフは来た時と同様すぐさま部屋から出ていった。 「悪いな辰巳、一度言い出したらきかない兄貴で」  ニヤリと人を食ったような笑みを浮かべるクリストファーの器用さは、辰巳もよく知っている。やはり抵抗させないために女を使ったのだと、辰巳が気付くにはそれで充分だった。 「さあ、準備も整ったことだし、早く食事を済ませてしまおうか」  腕時計へと目を遣ったフレデリックが言えば、食事が運び込まれる。 「お前、後で覚えて……」  ジロリとフレデリックを睨んだ辰巳の台詞はだが、途中で途切れた。 「ん?」  両手で前歯を掴んだまま視線を寄越すフレデリックに辰巳は呆れ返るしかなかった。 「お前なぁ…」 「……仕方がないだろう? こんなものを着けたまま食事をしたら、後が大変だよ」  付け爪ならぬ外した付け牙を軽く振って見せるフレデリックに溜息が漏れる。だったら食事をしてから仮装しろとそう言いかけて、辰巳は言葉を飲み込んだ。辰巳と違い、フレデリックたちは食事の前にも仕事をしている。 「で? なんだってそんなに時間気にしてんだよ」 「このあと、パレードを控えているからね」 「パレード?」 「そう。日本では、仮装行列と言ったかな」  見たことはなくとも、名前くらいは辰巳とて知っている。 「まさか参加しろって言うんじゃねぇだろうな」 「もちろん参加するに決まってるだろう。何のためにそんなものを頭に付けてる」 「クリスてめぇ」 「安心しろ。お前はただ歩くだけでいい」  ”仮装して”歩くことのどこに安心しろというのかと、辰巳はクリストファーを睨んだ。  そもそもクルーだけでも十分だろうと、至極当然の辰巳の言い分は、もちろんフレデリックが”一緒に居たいから”という我儘と職権乱用により聞き入れられなかった事は言うまでもない。 「おいマイク、勝手にさせてんじゃねぇよ。お前チーフオフィサーだろぅが」 「まあ、辰巳は見目もいいしな。ちょうど衣装も余っていたし良いじゃないか」 「てめぇまでグルかよ」 「人聞きの悪い言い方をするな。予定していたスタッフが急病で急遽魔王役の枠が空いてしまったから、穴埋めにフレッドの提案に乗っただけだ」  結局は共犯なんじゃねぇかと、そう渋い顔をしたところで、もはや辰巳に逃げ道はなかった。だいたい、スタッフが急病というのも怪しいものである。  ともあれクリストファーにマイケルまでもがフレデリックの味方だという事実は変わることなく、辰巳は暗澹とした気分のまま食事をすることとなった。    ◇ マイケル×クリストファー ◇  予定していたパレードを順調に終えたマイケルは、早々に日報を提出して部屋へと通路を急いだ。途中、撮影を求めるゲストに対応していたせいで思いのほか時間をロスしてしまった。  クリストファーの部屋の前に辿り着いた時には、約束の時間を既に四十分も過ぎている。  ――怒っていないと良いんだが…。  生真面目にそんな事を考えながらノックしようとしたその瞬間、マイケルの目の前でドアは音もなく内側へと開いた。驚く間もなく部屋の中へと引きずり込まれる。 「ッ…!」 「遅かったじゃないか」  背後でドアが閉まる音を聞きながら、マイケルはクリストファーの口づけを受け入れた。が…。 「待っ、クリス…ちょっと…」 「何だ」 「っその…胸が…」  クリストファーに有り得るはずもないふくよかな感触に、どうにも違和感を感じてしまって、マイケルは困ったように眉根を寄せた。 「何というか…変な気分だな…」  ぽりぽりと頭を掻くマイケルを、クリストファーは苦笑しながら抱えあげた。 「確かに、邪魔ではあるな」 「その見た目で軽々と抱き上げるな…!」  見た目だけならば完全に女と化しているクリストファーに軽々と抱き上げられるのは、何とも言い難い。いくら普段から抱えられ慣れているとしても、だ。 「少しは見た目通り女らしく振舞ったらどうだ」 「なるほど。この格好もまんざら悪くないという訳だな」 「なっ! 誰もそんな事は言ってないだろう!」  断じてそんな事はないと騒ぎ立てるマイケルを寝台の上に降ろし、クリストファーはおもむろに手を伸ばす。 「待てクリスっ、一度シャワーを浴びてから…っ」 「待てない。だいたい、俺がどれだけ待ってやったと思ってる」 「そっれは、ゲストに捕まっ…、いいからそのままの姿で脱がせるな!!」 「どうしてそんなに慌てるんだ? まさか神父だから魔女に脱がされたくないなどとほざくつもりじゃないだろうな」 「そうじゃない! というか、どうしてお前はそんなに平然としていられるんだ! こう…あるだろう!? 色々と…っ」 「たかが仮装で色々もあるか。お前こそ、いつにも増して大騒ぎする理由はなんだ」  ん? と、寝台の上で圧し掛かられて、マイケルは思わず視線を逸らせた。 「クリスが…その、美人だから目のやり場に困るんじゃないか…」  真っ赤にした顔を背けるマイケルを見下ろして、クリストファーはぱちくりと瞬きをした。次の瞬間、寝台の上で笑い転げる。  豪快に響く笑い声に、マイケルが顔を顰めた事は言うまでもない。 「クーリースーぅ……」 「っああ、悪い。お前があまりにも可愛らしいことをぬかすものでつい、な」  クリストファーはご機嫌を取るかのようにマイケルの額へと口づけた。 「怒るなよミシェル」  幾度も繰り返される口づけに、マイケルの頬が増々赤みを増す。 「分かったから…、もうやめろ、クリス…」 「そんなにこの格好は嫌か?」 「嫌な訳じゃ…ない…。ただ…その…、どう扱えばいいのか困ってしまう…」  もごもごと口ごもるマイケルを見下ろして、クリストファーは苦笑を漏らした。今は些か赤みを帯びているものの、マイケルの精悍な顔つきにキャソックはよく似合っていた。寝台の上に大きく広がった丈の長い布地を摘まみ上げる。 「普段の制服もいいが、これも悪くない」 「……司祭を襲う魔女がどこに居るって言うんだ…」 「くくっ、背徳的でいいだろう?」 「……馬鹿」  小さく呟くマイケルに口づけを落とし、クリストファーは禁欲的な服を脱がせにかかった。    ◇ 辰巳一意×フレデリック ◇  ソファに腰をおろし、背凭れに深く沈みこんだ辰巳の姿にフレデリックは小さく笑った。 「疲れさせてしまったかな?」 「あぁん?」 「疲れたというか…、機嫌を損ねたようだ…」 「当たり前だろぅが。誰のせいでこんな真似してると思ってやがる」  言いながら器用に舌打ちを響かせる辰巳の隣へとフレデリックはするりと身を寄せた。 「けど、とてもよく似合ってるよ辰巳。こんなに男前な魔王様になら、僕は喜んで仕えたい」  チュッとわざとらしく音をたてながら、フレデリックが頭の角へと口づける。そんな姿をみていれば、怒っているのすら馬鹿馬鹿しくなってくる辰巳だ。  パレードの最中(さなか)から、魔王の側近であるかのような振る舞いを見せていた吸血鬼姿のフレデリックである。 『こういうことは、僕たちが本気で楽しまないとゲストも楽しんでくれないからね』  あたかもそれらしい台詞を吐いておきながら、ゲストよりもフレデリック本人が一番乗り気だったことは言うまでもない。ともあれ、常時フレデリックが隣に居たおかげで、さしたるトラブルもなく辰巳がパレードを乗り切れたのも事実だった。 「酒」  短く告げる辰巳にフレデリックはにこりと微笑んで手を取った。 「すぐにお持ち致します、魔王様♪」 「…引っ叩かれてぇのか?」  言葉とともにベチッと額を弾かれて、フレデリックは辰巳の手を取ったまま項垂れる。 「痛いよ辰巳…」 「つまんねぇ真似してんのが悪ぃんだろぅが」  いいからさっさと酒を持ってこいと、辰巳はフレデリックの手から腕を引き抜いた。そのまま頭に乗った煩わしい角を取り去ろうとすれば、勢いよくフレデリックの手で止められる。 「ああっ! 駄目だよ辰巳!」 「はあ? 終わったんだからもういいだろ」 「良くない…! 僕はまだ充分にキミのその姿を堪能できてない!」  当然の如くそう言い張るフレデリックに全力で止められてしまっては、辰巳に逃げようなどなかった。相変わらずの馬鹿力に顔を顰めていれば、フレデリックが間近ににこりと微笑む。 「もう少し、待っていてくれるよね?」 「待ってて何か得する事でもあんのか?」 「キミの世界一大事なお嫁さんが喜ぶ。というのはどう?」  微かな水音ともに口づけられて辰巳は苦笑した。いつもよりも大きく尖ったフレデリックの犬歯を舌で舐めあげる。 「ん…っ、タツ…ミ…」  かくして辰巳は酒よりも目の前の吸血鬼を堪能することにしたとかしないとか。 END
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!