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最初の待ち合わせ場所は駅近くのファミレスだった。
ランチタイムが終わり、入り口が見える席に陣取りコーヒーを注文してさりげなく周りを警戒する。
顔合わせなのか面接なのかわからず着ていく服に悩んだが、無難なスーツにコートを合わせて、サラリーマン風を装うためカバンを持った。
ジャケットの胸元に小型のカメラ、ポケットにICレコーダー、誰がやってくるかわからないが出来るだけ情報が欲しい。
コーヒーを飲み終わる頃、スマホの通知音が鳴る。
『GPSをオフにして下さい』
元々切ってあるので『オフです』と返信した。
『外に出て駅に向かってください』
指示どおり動いて電車を乗り継ぎ、少し歩いて稼働していないさびれた町工場にたどり着く。
日が傾いて肌寒い。
ここで移動は最後なのか、しばらく静寂が続いた。
散々動かしておいて誰も来なかったらとうんざりしているとまた通知音が鳴る。
『電源を切ってください』
言われたとおりスマホの電源を切って空のカバンに放り込む。
ずいぶん移動したが、ずっと追いかけてきたのだろうか。それともここで指示を出していただけか。
まわりに誰かついてくる気配は感じなかった。
「ご足労をおかけしました」
その時工場内に声が響いた。
姿は見えず、声の出どころもわからなかったが、指示を出していた相手だろう。
「お名前の確認よろしいですか?」
低くて心地よい声が響く。
「水谷啓です」
どの方向に話せばいいかわからず、とりあえず天井を向いて答えた。
「ありがとうございます」
錆びた機械の2メートルほど離れた所に、黒いコート姿の若い男が姿を現した。
さえないサラリーマンを装った水谷がじっとその姿を凝視する。
「正社員じゃなくて短期の契約社員みたいなものなんですがよろしいですか?」
場所と話の内容が噛み合わないが、普通の面接みたいな会話だった。
「はい」
水谷は彼を撮影範囲内に収めるように正面を向いた。
「では全部はずしてくれませんか」
「え?」
その時バン!と重い破裂音がして思わず目をつぶって身をかがめた。
防犯ネットが発射された音だった。
「びっくりしたあ…」
目の前の男も想定外だったのか驚きを隠せない様子だった。
水谷はネットに捕まって身動きできない。
工場の入り口付近にネットを発射したと思われる人間が立っている。
女性だと見間違えるくらい中性的なその男は早足で近づいてきて監視カメラとレコーダーを手際よく奪い、踏み潰した。
黒いコート姿と同じく黒い姿で少しだけふわりとしたラインの服を着ていた。
「ここに来るまで観察させてもらいましたけど、警察官の癖が抜けてないですよ」
「今はお巡りさんじゃねえ。ただの無職だ」
ネットから逃れようともがきながら水谷は敬語をやめて言葉を吐き出す。
防犯用のネットが絡みついてはずせない。もがくほど拘束力が増しているようで水谷は苛立つ。
「どこで買ってきたんだ?」
コートの男は不思議そうな顔で質問していたが、水谷を拘束した本人は忌々しそうに手にしていたネットの発射装置を投げ捨てた。
「だから言ったろ。広く人材を募集するなんて反対だって。録画録音されてそれに気がついてもいないお前なんか…」
綺麗な顔に似合わず厳しい口調で男を問い詰めていた。
「ごめんごめん。申し訳ない」
小言を聞くつもりがないのか話を途中で切ろうとする。
全然反省の色が見えない男に向かってふわりとした男が手を上げたが、それより早い動作でコートの男が腕を掴む。
ネット越しに水谷はふたりがキスする姿を強制的に見せられた。
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