敵味方

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敵味方

尾行を巻くために真琴と別行動で帰る。 遠回りして帰ろうと向かった駅で人身事故があった。 警察関係者の中にさっき会った水谷啓ともう1人の姿を確認する。 電車はしばらく動かないので、タクシーで移動してマンションの近くまで行き、本屋やコンビニに寄り道しながら尾行されている気配がないのを確認して部屋に戻った。 先に部屋へ戻っていた真琴はテレビでニュースを見ながらソファに座ってスマホをいじっている。 「依頼者の男、うちとひぐらし屋に二股かけてたみたい」 雪哉のほうは見ずに真琴が言う。 テレビには電車の人身事故の話題が映されていた。 「僕たちの仕事になるはずだったのに」 面接を優先した雪哉に不満があるらしい。 「こうやって横取りされないように同業者を潰すんだ」 雪哉はコートを脱ぎながら面倒くさい説教を聞く。 埃まみれだった真琴はシャワーを浴びたのか髪が濡れていた。 長袖のTシャツに着替えたジャージ姿でも、細い体のラインはよく見える。 本来なら今日の予定は殺人を依頼してきた男と会うはずだったが、雪哉が急に日付をずらしたのでクライアントはしびれを切らしたらしい。 「相談料はもらったからそれでいいじゃないか」 『娘をいじめて自殺に追い込んだ同級生を殺してほしい』 殺人を依頼してきた父親は、学校側は事件を隠密にしたくていじめはなかったと言い張り、警察の対応も満足出来るものではなかったらしく、復讐を誓ってコンタクトを取ってきた。 法で裁くことが出来ないなら自分で何とかする。 世の中の理不尽さに納得出来ない人間から殺人依頼はいくらでもあった。 できるなら自分の手で始末したくて、殺したい相手の情報だけ欲しがる人間もいる。 確実に仕留めるならプロにまかせたほうがいいと営業トークをして報酬を釣り上げる交渉は雪哉が担当していた。 「雪哉に何を言っても聞いてくれないから諦めた」 腹が立つと暴れまわる真琴がおとなしい理由がわかった。 「だったら別れて出ていく?」 いつも愛想のいい笑顔を浮かべて自分の機嫌を取る雪哉が、無表情で言って隣に座った。 その態度と言い草に腹が立ったのか、真琴が勢いよく立ち上がる。 ひとこと「ごめん」と言えば収まるだけの事なのに、相変わらず自尊心の高い真琴は引き下がらない。 「さっきの元警官もプロだ。人を殺すテクニックは一般人よりあるだろう。あの水谷って男が仲間になってくれれば真琴なんかいらない」 売り言葉に買い言葉とはよくいったものだと雪哉は冷えた頭でそう思った。
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