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プロローグ
物語の舞台は広大な太平洋を望む海辺の町・春間町。
湾岸沿いに小さな造船場があり、そこから100メートルほど西に向かうと小高い丘になっている。
陽暮れ時はルビー色の夕日に彩られ、遥か海風に乗りやってくる色彩豊かな異国の香り。そして素朴な町並みが織り成す牧歌的情緒は、在りし日の『ニッポン』の姿というモノを思い起こさせてくれる。
町役場前の大通りは南北にくねりながらも長く伸び、近県を行きかう車で常に賑わっていた。しかしそれに添うように走るロートル鉄道は酷く侘びた佇まいで、未だその景観に田舎町の叙情を留めている。
古い城下町の石畳や半ば朽ちかけた武家屋敷の詫びた佇まい。
急激な発展を遂げた遥か北方の市街地と比べれば、令和を迎えた今でもゆっくりと時を刻む昭和の匂いがそこかしこに色濃く残っていた。
そんな地方の町の片隅にその喫茶店はある。
昭和初期の長屋をリノベーションした佇まい。それはまるで登山客の絶えた山小屋のよう。
店の名前は「喫茶ひぐらし」。マスターは20代後半で純日本風の古い顔立ちの好青年。そしてウェイトレスは30手前の姉御肌で元気者の色黒美人だ。
そんな二人の作る料理はどのメニューにも付いてくる盛りに盛った「マスターの気まぐれサラダ」が大好評で、わざわざ遠方よりバスを乗り継いでやって来る常連客もいるほどである。
春間町の『喫茶ひぐらし』で渦巻く人間模様の物語。
きっとそこには、古き良き時代の超日常的風景を伺えることだろう。
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