諸刃の劔

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 「溶けねえうちに下がってな……。」  相手に隙を見せず、優しく囁く。  糸丸は、森の空気が鎧の人物・劔丸諸刃を中心に熱くなっている事に気が付く。  劔丸諸刃の風穴は塞がっていた。  穴の周りの鋼が部分的に高温になり、溶けて塞がったのである。    炎のように揺らめく飾り髪と、高温で艶が生まれた全身と大剣。  その雄々しく、輝かしく、堂々とした鋼の猛者が、錆れ人と糸丸達の前に立ち塞がる。  「ここ春見原を守護する火の刃金人、『劔丸諸刃(つるぎまるもろは)』だ。  お前の名は?お前もかつて守り神(刃金人)だったなら名乗って見せろ!」    「私の、名前……?  私の事などもう皆んな忘れてる……。誰も私を覚えてない、うわあああ!消えたくない!消えたくないぃ!!」  錆れ人は怯え、取り乱す。    管の束が暴れ龍のように飛び出す。  劔丸諸刃はそれに横薙ぎの大剣を叩き付けた。  錆れ人は、大剣が回転する力に引っ張られて転倒する。    管は堰き止められ、大剣の熱で溶けて火の粉となって散らばる。    「みんな、何処行ったんだ……。  もっと頑張るから、もう絶対誰も死なせないから……。  守る者がいないんじゃ私は、私の存在は……!」  錆れ人の全身が溶け始め、錆を洗い流して行く。    劔丸諸刃は大剣を肩の上に掲げ、霞の構えで駆け出す。  蒸気に乗って、流れ散る花びら。白い火の粉だった。    高熱で赤くなった刃が溶け、片刃から両刃の剣となる。  『溶鋼・劔の舞(ようこう・つるぎのまい)』だった。  「お願い、行かないで……。」    紅の剣は錆れ人の胸に突き刺さる。  錆れ人はその身を溶かし、白く輝く液体となって地面に流れた。  劔丸諸刃は跪く。  「願う誰かが、守る誰かがいてくれなきゃ、俺達の価値はない。  そう言う風に出来ている。  ……本当に悲しい存在だよな。」  白い液体を撫でながら悲しげに呟いた。  朝日が昇り始め、白い火の粉が桜吹雪のように散る森の中。  糸丸達はその鎧の輝きを目に焼き付けた。   ***  山の向こうは朝日が昇り、澄んだ空が見えた。また、小鳥が歌い、木々は青々とし、川は小さな飛沫を上げながら滞り無く流れている。  清らかな今日がやって来たのだ。  劔丸諸刃と、糸丸、あさめは街道を共に歩く。  あさめは劔丸諸刃に肩車して貰ってる。  「妹を食わせていくのは人間のお前の仕事だ。後は自分でなんとかしな。  俺達は人間の金儲けの為に戦うように造られていないからな。」  劔丸諸刃はぶっきら棒に言う。    「当たり前だ。俺は乞食じゃない。  自分でどうにかできる事はちゃんとやる男だ。」  糸丸は外方を向きながら、はっきりと言う。  「あさめも、お兄ちゃん困らせないように頑張るもん!」    「そうかい。」   劔丸諸刃の声は少し嬉しそうだった。  3人は分かれ道の前に立つ。  「こっちに行けば村がある。食い物ぐらいはくれるだろう。  俺は見回りがあるから、逆方向だ。それじゃあな。」  劔丸諸刃はあさめを下ろして、振り返らず去ろうとする。  「諸刃ったら、本当素直じゃないんだから。一緒に村に入れば良いのに。」  その時、糸丸達の背後から少女の声がした。  銀髪を二つに束ね、可愛らしい巫女服を着た、10代前半の少女が微笑んで立っていた。  「げっ、杏!付いて来てたのか?!  危ないからいつも来んなって言ってんだろ!」  劔丸諸刃は嫌そうに声を上げる。  「だって、巫女も連れずに無茶ばっかするんだもん。  お腹に穴が空いた時だって、糸丸君がもし笛を吹かなかったら、私が笛を吹いて応援してあげようと思ったんだから。」  杏は世話を焼く母親のような仕草で腰に手を当てる。  「さあ、二人共。私達の住む村に案内して上げますから、一緒に行きましょ。」  「だから俺はまだ帰らねっつーの!」  杏がにっこり笑って糸丸達に手を差し伸べるが、諸刃は拒否する。    「ど、どうも……。」  「おっきいのに、小さな女の子に叱られてるー。」  糸丸はげんなりとした表情を浮かべ、あさめは手を叩いてきゃっきゃと笑った。  「諸刃。お社も綺麗にしてあるし、お団子とお茶も用意してるから帰ろ?ね?」  「きび、ずんだ、じゃないだろな。三色のじゃねえとやだぞ。」  糸丸はその言葉を聞き、少し考えた後、声を上げる。  「えっ!?あんた団子食うの?!  生き物じゃないのに、どうやって?!」  「良いだろ別に!ちゃんと口も開くんだからよ。」  諸刃は顔面のクチバシ状の顎をカパッっと開けた。    「うわああ、嫌だあああ!何かキメええ!」  『刃金人。その昔、日の登る国が生まれ、我ら祖先の神々が栄えし時、彼を創造し民の元へに遣わせん。  精霊と巫女を従え、民の祈りを力とし、邪なる力を払い、民を守らん。  神々が世を去りし時も、永きに渡りその務めを果たし、その地に平穏を与え続けん。  人の祈りがある限り、刃金の守人は剣を納めぬ。  (初めて古代の大和に降り立った刃金導師の長アヌが人間達に贈った言葉)』 (完) <おまけ>表紙イラスト・諸刃&杏 9db9e4d1-e36f-43ba-801c-24eb802ee4da
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