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「彼方、よく来たね」
「久しぶり、おじいちゃん」
夏休みを利用して、祖父の元にやってきた。騒がしい都会とは違う爽やかな空気に癒される。
僕は生まれつき体が弱く、今まで人並みの生活を送れなかった。今回の帰省も僕の体に良いだろうという祖父の計らいでこの地に滞在することが決定した。
「彼方はこの部屋を使いなさい」
祖父に案内されたのは二階の客間。窓からは立派な日本庭園が臨める。
「荷物を整理したら、降りてきなさい」
祖父はそう言うと、部屋を出ていった。
時の経過を感じさせる古風な内装に少しわくわくする。何かが起こりそうな予感。
荷物はリュックサック一つと、先に送った段ボール箱。夏休みの一ヶ月をここで過ごすのだ。勉強道具も沢山持ってきたが、その次に多いのは薬。
一つの薬を忘れるだけで、大変なことになる。死の危険はないが、自分が苦しむ、周りに迷惑を掛ける。
僕は必要な薬が全てあることを確認して、祖父の元へ向かった。
広い庭に面した縁側に祖父は座っていた。
「おじいちゃん、来たよ」
僕が声を掛けると、祖父は表情を柔らかくした。
祖父の隣に腰を下ろす。
「彼方は何か部活はやっているのかい?」
「……ううん、何も」
学生なら部活に入っていることが当たり前で、それが話題になる。でも、僕は体が弱いことを理由にどこにも所属していない。周りに迷惑を掛けるのが嫌だから。
「そうかい、何か趣味はあるかい?」
「写真が好きなんだ」
「いい趣味じゃないか、私も好きだよ。撮った写真を見せておくれ」
優しい祖父の声に気が休まる。
「うん、後でアルバム、見せるね」
「あぁ、楽しみにしているよ。……そう言えば、彼方は『ふぁんたじー』が好きだったね」
僕はこくりと頷いた。
ここではないどこか。自分ではない誰か。
きっと不思議な存在がいれば、僕のことも助けてくれるから。そうやって不思議な世界にすがりついていたいのだ。
「彼方は山ノ神神社の伝説を知っておるかの?」
「ううん、どんな話?」
こほん、とわざとらしい咳払いをして祖父は昔話を話し始めた。
「昔々、あるところに美人と有名な巫女がおりました」
……
「それだけ!?」
「あぁ、それだけじゃ」
祖父は悪びれる様子もなく、僕を見ている。
「その巫女は滝の妖精だったという噂があるのだ。その噂の続きを考えてみてはどうかね」
きっと、祖父は僕を楽しませるために提案してくれたのだろう。だから僕は、山ノ神神社を訪れることにした。
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