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最終話
「じゃ、俺も辞めるッス」
「は?」
「ヒュー? お前まで何を言っている。ヒューが辞める必要なんてどこにも」
「いやだってコイツ弱いじゃないっスか。前から決めてたんすよ。ロビンが辞めるなら、俺も辞める。コイツのこと、守る奴が必要でしょ?」
ニッ、と笑顔を浮かべながら言ったヒューの言葉の意味がわからず、ヒューの手をのせたまま、横の彼を見上げるものの、彼は笑ったまま。
「お前、まさか。いや、だっ、え、でもまさか」
「いや、つうか何でヒューが辞めんのさ」
「だって、ロビン、ここ辞めたら旅に出るんだろ? この世界の、色んなもの見に行くんだろ?」
「いや、行くよ? 行くけど、行くけども」
「それにロビン、魔法も一切使えないじゃないっスか。悪いやつにだってホイホイついてくし。童顔だから舐められてばっかっしょ? ほら、やっぱり俺必要じゃん」
「え、いや、まあ、居たら楽しいかもだけど……え、っつか、ヒュー、なに、僕と旅したいの?」
にかっ、と笑っているものの、ヒューの瞳自体は真剣そのもので。
決して冗談で言っているようには思えず。
「せっかくここまで昇りつめたんじゃないの? そんな簡単に手放していいの?」
「簡単じゃねぇッスよ?」
「え、じゃあ」
「だからこそ、俺も行くって言ってるッスよ。ロビンとだったらどこででも楽しそうだし。俺、お得だよ?寒けりゃ毛布がわりにもなる」
にしし、と笑ったヒューの瞳が、ついていくからな、と変わらぬ意思を物語っている。
「……んー……まぁ、ヒューはたしかに体温たかいしな」
冬場は確かに抱きついてると温かいしな。
うんうん、と頷きながら言えば、「ロビン、お前な……」と何故だがディック王子が呆れた顔をして僕を見ている。
そんな王子の視線に意味がわからず、首を傾げていれば、背中にまわされていたヒューの腕が僕の身体を引き寄せた。
「おし、決まりっスね。じゃ、王子、そういうことで!」
「お前、そういうこと、ってな。仕事はどうすんだ」
「大丈夫っス。もう粗方引き継ぎ終わってるんで!」
「は? いつの間に?!」
「ちょっと前からッスね!」
「おま」
「あ、時間みたいだ」
「え?」
ぎゃんぎゃん、と始まったディック王子とヒューの言い合いを横目に、銀髪の神様が、「こことそっちを繋げる時間のね」と笑う。
「あんまり長く一つのところとは繋げないからね」
「なるほど」
銀髪の神様の言葉に頷けば、ふ、っと少しだけ、森の木々みたいな匂いがあたりに広がる。
「君ももう大丈夫みたいだからね」
そう言って銀髪の神様が笑った、と思うと同時に、ぶわっ、と強い風が通り抜ける。
「う、わ」
「よっ、と」
ものすごい風圧に思わず目を瞑るものの、身体はよろけることなく、ヒューに支えられて。
「ヒューってやっぱり力あるんだね」
風がすぎたあと、真後ろにいるヒューを見上げながら言えば、「だろ?」とヒューが嬉しそうに笑う。
それから。
僕とヒューは、宣言通り、数日のうちにディック王子の側近を辞めた。
もともと旅立つ準備を二人とも進めていたこともあり、僕たちは、退職後、割と早くに王都を出発。
出発の直前に、神様の遣いの鳥さんから、リホちゃんが戻ってくることを伝えられはしたけど。
ディック王子の散々な態度に腹を立てていた僕は、「教えてなんかやらねぇ」とディック王子に伝えることなく王都を出発。
その後、旅先で、僕とヒューはディック王子とリホちゃんが婚姻の儀を執り行うこと知った。
「ま、でも、そりゃあ愛されるよねぇ」
「どした? 急に」
「え、んやあ、リホちゃんさ」
「ああ、女神様さま」
「そ」
とある国の、綺麗な山小屋の宿屋に泊まっていた僕は、ふと、そんなことを呟く。
ー 「綺麗な髪色ですね」
初めて声をかけられたのは、そんな一言。
罪悪感を抱いていたのかもしれない。
恐怖心も抱いていたのかもしれない。
それでも彼女は、笑顔を浮かべて僕に話しかけた。
小さくて、可愛くて、線の細い人。
そんな風に思ったけど。
震えているのに気づいた時、すごいな、この子、と率直に尊敬した。
「それがきっかけ?」
「そ」
「ふうん」
「ふうん? どした?」
ヒューが聞きたがったから、ずっと黙っていたリホちゃんの第一印象を伝えたのだけど。
「ヒュー?」
「なぁ、ロビン」
「なに?」
「俺が何で旅についてきたかわかってる?」
「え、旅したかったからじゃないの?」
「まだ本当にそれだけだって、思ってる?」
「ヒュー?」
ギシ、と木の軋む音がする。
「俺は、ずっと、ロビンのこと」
座った椅子が、キシ、と音を鳴らす。
真剣な目をしたヒューが、口を開く。
「お客さーん、夕飯できましたよー!」
コンカンカンッ、と鍋を叩く元気な音が、宿に響く。
と同時に、「はぁぁぁぁあ……」と大きな大きなため息をついたヒューが、僕の肩に顔を埋める。
「夕飯だってさ?」
「聞こえてた」
「そか。どうする?」
「…………行く」
抱きつくような格好をしたヒューに、ふふ、と小さく笑って、「ヒュー」と彼を呼べば、「なに」とヒューのいじけた声が聞こえる。
「君と旅に出られて、僕は幸せだよ?」
「……そりゃぁ良かった」
「分かってないなぁ。『君と』だからなんだけどなぁ」
肩口にあるヒューの頭をポスポスと撫でながら言えば、「それって!!」とガバッ、とヒューが顔をあげる。
「この世界、一緒に見てくれるんでしょ?」
ニッ、と笑いながら、視線の混じったヒューを見れば、ヒューの瞳が煌めきを放つ。
本当は、どの世界よりも、この瞬間の君の瞳が綺麗なのかもしれない。
でも。
まだ見ぬ世界を見たら、意見が変わるかも知れないし、とも思う。
もしかしたら、どこを見ても思うことは同じかもしれないけど。
意地でも言ってやらない、と。
笑う君を見て、僕は心に誓った。
完
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