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第二話
「それにしても……随分と綺麗な子っスよねぇ」
「お、何なに、やっぱりヒューもああいう感じが好み?」
「ちげぇし」
ベシッ、と軽く叩かれた頭をおさえながら隣に立つヒューを見上げれば、こっちを見ていたヒューと目が合う。
「なに?」
「いや?」
いくら彼女に敵意が皆無とはいえ、いくら彼女が武器を一切持っていないとはいえ、第一王子の最側近のきみが、王子から離れたここに居ていいのか。
そういう意味をこめてヒューを見返すものの、「機嫌損ねるだけっスよ」と呆れた声でヒューは言う。
「ただでさえ、あれ以降、ディック王子も彼女の事となると敏感だし」
「まあ確かにねぇ。僕が彼女と話すだけで、殺されるのかな僕、って毎回おもうもん。王子、ひくくらいに独占欲つよい」
「前はそんなこと無かったんスけどねぇ」
王宮庭園の中に作られた東屋の中で、いちゃいちゃしている二人を遠目に眺めながら、僕たちはため息をはく。
「ま、実際とつぜん目の前から消えたらそりゃあ誰だって焦るよね」
「まぁね。けど、だからといって、ロビンを目の敵にしていいわけじゃないっしょ」
「それなー。ま、別にいいさ。僕は金さえ貯ればそれで」
バディであるヒューには話してある。
記憶を取り戻す前も、旅に出たいと思っていたけれど、前世を思い出したら、もっともっとこの世界の色んなもの、色んな場所を見たくなった。前々からお金は貯めてはいたけれど。そろそろ、決断してもいい時期なのかもしれない。
「ちょうどお金もそこそこ貯まってきたところだし、僕もぼちぼち退場してもいいかもな」
「もうちょっと貯めてもいいんじゃないスか?」
「でもほら、あんまり長居すると離れがたくなるから」
第一王子は論外だが、他の人たちはみんな良い人ばかりだし、ご飯も美味しい。
それに。
「あの子が幸せそうだから、大丈夫かな、って」
あの子こと、二人目の転生者リホちゃん。
本来、この世界にくる予定だった正規? の転生者。あの神様に執ちゃ、じゃなかった愛されている女の子。
「ロビン、きみ、またそれっスか」
「えー、大事なことでしょ。同じ世界に居たってことしか共通点なんてないけど、それでも僕にとっては大事なことだよ」
彼女のように、華やかさも可憐さもないし、幸運体質でもないけど。
彼女が愛される存在なのだというのは、否が応でも分かる。
だって、全てが違いすぎるのだ。
「それもこれも、主人公、ヒロイン、リホちゃんの愛され補正ってやつかね」
「オトメゲー、ってやつっスか?」
「そ。この世界は違うけどね。でもそんな感じ」
僕と過ごす時間が多いヒューは、記憶を取り戻した僕の、元いた世界の話を聞きたがった。
僕も僕で、覚えていることを書き留めておきたくて、記憶の整理がてらに、とヒューに話していたけれど。
「……面倒なことにならなきゃいいんスけど」
「乙女ゲーの全てが面倒なわけではないですよ、ヒュー」
「そうっスか? 俺からしてみたら、なかなかに物騒っスよ」
「まあそれはねぇ」
最近の乙女ゲーは病み系も闇系もあるしねえ、と記憶を辿りながら頷く。
「それに」
「んあ?」
言葉の途中で僕を見たヒューに、首を傾げれば、ヒューが少しだけ目を細めて僕を見やる。
「いや、何でもないっス。ロビン、少し下がって」
「何で?」
スッ、と僕の前に移動したヒュー越しに前を見やれば、東屋にいた二人がこっちに歩いてくるのが見える。
「ロビン!」
軽やかに手を振って歩いてくるリホちゃんに、頭をさげる。
「見えてなくても苛ついてるのが分かんだけど」
「俺もいるっス。大丈夫」
「だと良いけど」
ディック王子たちからは口元が見えない角度まで頭をさげながら小さな声で会話をする。
「ロビン、顔をあげてください」
近くまで来たリホちゃんの声に、ぴくり、と反応を示せば、「早くしろ」とディック王子の苛々した声が聞こえる。
「ロビン、次はいつお話できますか?」
「え、っと」
「ほら、ロビンはお仕事をしていてなかなか忙しいでしょう? またゆっくりとお話がしたいなぁって、ずっと思っていたんです」
小さな花がたくさん咲いたような、控えめだけれど華のある笑顔を浮かべて、リホちゃんは言う。
そんな彼女の言葉に、隣に立つディック王子の視線は、まるで僕を視線だけで殺せるのでは、と思えるほど鋭い。
ここは適当に、穏便に済まそう。
そう決意して「申し訳ありません」と口を開けば、リホちゃんが唇をとがらせた。
「もう、ロビンはいつもそうやって忙しいというのですね」
「申し訳ありま」
「リホ、こいつを気にかけるのはもう止めにしたらどうだ? ただ同じ境遇だということ以外に共通することなど見当たらないではないか。それにそもそも、こやつが本当に転生し」
「ディック様!!!」
「なんだ」
「そのお言葉は止めてくださいと何度も言ったはずですっ!!!」
「え、ああ、すまない。けどなリホ。たかがそんなことで」
「……リホ?」
カタカタ、と震える彼女に気づき、名前を呼べば、リホの瞳が揺れる。
と同時に、底知れない寒気が頭のてっぺんから叩きつけてくる。
胸騒ぎなんて言葉じゃ足りない。
これは。
「くそっ、王子!」
「お前に呼ばれる筋合いなどっ」
「んなことどーだっていいからリホを」
「おい貴様、誰の許しを得てリホを呼び捨てにし」
「失くしたくねぇなら掴んでろドアホ!!」
ドンッ、と思い切りリホちゃんの肩をディック王子にむけて押し付ける。
「貴様!」と王子が怒りの声とともに、彼女の身体を王子が掴む。
「どこから!!」
「分からん!!」
異変を感じ取ったヒューが抜いた剣を構える。
どこから、なんて分かるわけがない。
確証なんてものもない。
けど、これは、これが人外の気配だと言うことだけは分かる。
いや人外どころか、たぶん、これは。
「リホ!!!」
叫ぶように彼女の名を呼んだディック王子を見れば、リホちゃんの身体が透けている。
「王子っ」
「リホ!」
透けていく彼女を、離さないと言わんばかりに、力をこめてディック王子は抱きしめ、彼女と唇を重ねる。
深く長く続く二人の口づけも、二人から滲み出る思いも虚しく、リホちゃんは、消えた。
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