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彼は日に日に体力を取り戻していったが、背中の傷じたいはいつまでも消えなかった。皮膚全体を引き裂く勢いで肉芽が盛り上がっているのだ。上から触ると、筋肉の層の下に何かごろごろとしたものが生じている。きっと、翼が生えてきているのだ。
私は落胆した。今の状態は、きっとすぐに終わってしまう。彼は天国に帰ってしまう。
私は翼のことは何も言わず、「なんだか背中がかゆいんだ」などという彼の言葉も無視して、無理やりに傷を縫い閉じた。私は時間を止めたかった。
「そういえば」
彼が落ちてきたときに着ていた服を洗濯しようとして、スラックスのポケットに奇妙なものがあるのに気づいたのだった。切子細工の古風で小さなガラス瓶だった。中に青い液体が入っていて、かすかに発光していた。洗濯機の横に置きっぱなしにしていた。
どう見てもニッポンのサラリーマンといったいでたちの彼の所持品の中で、それだけが異質だった。
「これって何?」
面白くもつまらなくもないという顔で昼のテレビを眺めていた彼にそれを見せると、「ああ」といって、また例の苦笑いをみせた。そして言った。
「選択肢だ。僕に与えられた」
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