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翌朝は霜が降りていそうなくらい冷えた。でも、彼が住みかに選んでいた二階の六畳間は窓が開け放たれ、畳の上いっぱいに白い羽根が散らばっていた。私は窓辺に寄って、庭を見下ろした。庭の上にも、同じ大きな白い羽根が、風で舞い上がったり転がったりしていた。
彼はいなかった。私は空を見上げた。巻雲が西の空にたなびく明るい青空の中に、彼の飛び去る姿を探した。あるいは、彼の帰って行った天国を。
もちろんどちらも見えはしなかったけれど。
昨夜私は、彼の背中を縫合していた糸を切った。瞬間、下から持ち上げられるように肉が盛り上がるのがわかった。筋肉が裂け、中から血とゼリー状のものに包まれた白い翼が、かすかに見えた。
私は彼に言った。この世にあなたの居場所はないと。このまま二人で、ずっとこの家に隠れ住むわけにはいかないのだと。帰る場所があるのに、さすらい人になってしまってはいけないのだと。
それに私は、あなたを愛することなんてできないんだと。
最後のは半分嘘で半分本当だ。私は親に捨てられた人間だ。自分が捨てられるような子供だと、認めてしまったまま大人になった人間だ。自分を愛していないし、自分を愛せない人間が、他の誰かを愛することなどできはしないのだ。
「帰ってほしい」
私は言った。
あなたを大切に思うからこそ、帰ってほしい——それは、口にはしなかったけれど。
私は空を見上げ、冷えた朝の空気を吸った。目を閉じると、涙がにじんできた。私はうまくやれただろうか。彼を傷つけ過ぎはしなかっただろうか。
彼には幸せになってほしい。
天使なんだもの、幸せになれないはずはない。
だから神様、どうか、もし本当にいるのなら、彼を受け容れてあげてください。彼に帰る場所を返してあげてください。捨てたのは間違いだったと、彼に言ってあげてください。子供にとってそれは大切なことなんです。彼が救われるなら、そのことで私も救われるから。
どうか、お願いします。
そこまでタイプして、意味はないのだけれど文書を保存して、私はPCを閉じた。そして、机の端にずっと置いてあったものを手にとった。
——人間が飲んだらどうなるの。
——さあ、死ぬかもしれないし、何も効果がないかもしれない。
そんな会話をしたことを思い出す。
古風な切子細工の、ガラスの小瓶。記憶を消すという青い液体を、私は一息に飲み干した——
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