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目覚めると見知らぬ白い部屋の中だった。
なんだか異世界転生みたいだな、と束の間期待したが、なんてことはない病院の一室でしかなかった。私の枕元にはナースコールがころがっていて、私の腕には点滴の注射針が刺さっていた。父と弟が、枕元に椅子を寄せて座っていた。父はうつらうつら舟をこいでいた。顔に広がった無精ひげの濃さが、父の待っていた時間の長さを想像させた。弟は起きていて、大学の何かなのだろうか、難しげな本を読んでいたが、やがて私の視線に気づいた。
「おはよう。ここで何してるの?」
弟は立ち上がり、口をわなわなと震わせ、それでも声は出ないようで、ただ、ばんばんと肩をたたいて父を起こした。
「私、事故か何かにあった?」
眉間にしわを寄せて、それを隠すように掌で額を覆って、父は
「心配したぞ」
と言った。
「看護師さん、看護師さん!」
弟が廊下に出て叫んでいる。
「ちょっと、作太! 迷惑だからやめて……」
自分の身体を点検するに、交通事故とかではないようだった。何かの中毒とか、栄養失調とか、そんなことではないだろうか。
「ああ、ごめん。思い出したわ」
私は祖父の家にいって、そこでひっそりと死のうとしていたのだった。でも、どうして病院にいるのだろう。
尋ねると、父が話してくれた。
「仕事中だったが、白昼夢というのかな。天使みたいな奴が現れて、おまえが死にそうだから助けに行ってやれって言うんだ。白昼夢なんて見たことなかったから、まずそれに驚いてたんだがな、そこに作太から突然電話が来てな、同じ内容の白昼夢の話をするんだ。虫の知らせみたいなもんだな。車すっ飛ばして爺さんの家まで行ったら、お前が居間で倒れてた。病院に運び込んだ時点で、ぎりぎりの状態だったそうだよ。もう、目を覚まさないかも、と言われたんだ」
そういわれると、漠然とそうだったかもしれないと思う。でも、私は何も思い出せなかった。祖父の家に行ってからのこと、ぜんぶ。
「なんていうか、その、ごめんなさい。ご心配かけました」
「まったくだ」父は額を覆っていた手を下し、ひさしみたいに目元を隠して、
「頼むから、二度としないでくれ」ひずんだ声でそう言った。
「おまえにまで死なれたら、俺はどうして生きていっていいか分からない」
そこで私は、十二年目にしてようやく、ようやく気が付いたのだ。
私に生きていてほしいと思う人が、この世界にちゃんといたことに。
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