落とし物

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 梨花さんの出身校であり、女子校とのことだった。  あーちゃんはもともと男子校受験を希望していてずっと塾に通っている。 「今から間に合うかな?」 「若菜ちゃんなら大丈夫だよぉ」  軽く言ってコロコロと笑う梨花さん。それが軽薄に見えず、ただ朗らかで柔らかく可愛らしい。  あーちゃんの笑い方だった。  何でか、泣きたくなってくる。 「…頑張ってみよう、と、思います」  今、私が頑張る方向は、きっと違う。  向き合うべきものは、他にある筈だ。  そう判っているのに、私はまた、逃げてしまった。  学校にはまた通い始めた。それでもあーちゃんと目が合うことはなくなった。一緒に過ごすことも無くなり、下校も別々になった。  それが寂しくない訳はなかったが、敵意を向けられることもなく、黒いオバケのことを考えるよりずっと穏やかでいられた。  あーちゃんも受験に向けて頑張っているから、私も頑張ろう。そんな明後日な仲間意識が、疎遠になってしまったあーちゃんとの関係を曖昧にもしていた。  オバケが人の感情から生まれるのだとしたら、マイナスの感情だけから生まれるなんて不自然ではなかろうか。そう考え始めたのは、6年に進級してからだった。  ただやはり、楽しそうに盛り上がっている場からオバケが生まれにくいのは間違いない。  それでも、嫌悪感や憎悪から生まれているとは思えない状況が確かにあった。    あの時あーちゃんは、前川くんをやけに気にしていた。私を支える存在が自分以外にできると考え、自身の存在価値が揺らいだのだろうか…?  不安感がオバケを生んだ? 自己主張? 執着心?  こんな風にあれこれ考えてしまうのは、私があーちゃんに執着しているからかもしれない。  そのわだかまりは、私がオバケを生む原因になるかもしれない。  そのとき私は、私のオバケからも逃げることになるのだろうか…  あーちゃんとの関係を絶ったまま受験し、合格通知を受け、卒業した。  卒業して、しまった。  もう私とあーちゃんを繋ぐものはなくなった。このままあーちゃんと関わることなく一生を終えるのかもしれない。  それでも私は、あーちゃんの信頼を取り戻す術を探しながら、あーちゃんとの関係を構築するための強さとスキルを身につけるべく模索して、生きていく。  それがたとえ、直接あーちゃんに繋がるものでなくても…  私とあーちゃんとの繋がりは、私の中では確かに、活き続けていた。  本物のあーちゃんを、置き去りにしたまま。 終わり
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