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ただ、だから何が変わったということはなかった。
休憩時間、あーちゃんが男子と通りすがりに立ち話していた。それを目の端に捉え、教室を出る。
図書室を移動先に想定しながら、何となく人が少ない廊下を選んで歩いていく。
無心でただ歩いていると、後ろから声が掛かった。
「沖永、ちょうど良かった」
担任の梨名先生だ。
「ちょっと話を聞きたいんだけど、放課後、時間いいかな」
にっこりと、イイヒトだと言わんばかりの笑みを浮かべる梨名先生。
申し訳ないが、私はこの先生が苦手だった。何か得体の知れない不安感が湧いてくる相手だ。
ただ、梨名先生の変に熱血な大騒ぎによりクラス全体が白けて、私への積極的なイジメが存在無視程度に変わっていった経緯があり、気持ち悪い相手ではあるものの嫌いではない。
それでも、確固として関わりたくない相手ではあるのだが。
「…何についての話ですか」
先月、教育相談という名の二者面談をしたばかりだ。その時も大した話などしていないし、今新たに話したい内容もない。
「…何か用事があるのか」
逆に先生から問われ、つい、
「はい」
と口から言葉が溢れてしまった。
「それなら、最初からそう言いなさい」
「…はい」
「明日はどうだ」
今度は、反射で応えたりしない。それでも、何か、変な雰囲気が肌をピリピリと刺激して、先生が作ろうとしている流れに乗り切れない。
「……明日も、ちょっと」
「じゃ、いつなら大丈夫だ」
「……今は」
「ちゃんと話した方がいいだろう」
「……何についての話ですか」
「そういう態度が、嫌われる原因なんじゃないかな?」
そんなセリフと共に、梨名先生の上半身が、ぬらりと分裂した。
オバケが、発生した。
そして明らかに、そのオバケは私を捉えていた。
緊急に逃げる案件だ。瞬時に踵を返す。
しかし、
「沖永っ、突然どうしたっ」
私が走り出すより早く、梨名先生に肩を掴まれる。
こういう時に相手が人間だからと躊躇するようなことはしない。だからこそ孤立しているのだが、生死に関わるオバケ問題を後回しにはできない。
梨名先生の手をかわし、私は走り出す。
面倒なことに、梨名先生も私を追い、走り出したようだ。
「違うっ。別に俺はっ。お前の勘違いだっ」
誰もいない廊下に、梨名先生の声が反響する。
今いる一階の廊下は、この先行き止まっている。その行き止まりの左側にある階段を螺旋状に上っていくと、3階の左側直ぐに図書室がある。そこまで、逃げ切れるだろうか。いや、そもそもこの棟の2階と3階は特殊教室が並んでいる。どこかしらのクラスが移動してきていそうだ。
誰でも良い。誰かいれば…
あれこれ考えながら階段を上っていると、前川君が目に入った。前川君もこちらを認識してくれているようで、心底安堵する。
しかし次の瞬間には
「沖永っ、話の、途中だろう。本当にもう、お前は」
梨名先生にまた肩を掴まれた。
しかし、それは“手の平の感触”とは言い難いものだった。更に、先生の荒い呼吸はまだ少し遠く、私の肩に手が届くような距離にいない筈だ。
つい、ぞわりと毛が逆立ってしまう。
「放課後の予定を、母に確認してきますので」
梨名先生に視線を向けぬまま言い放って会話の強制終了に踏み切る。階段を上りきり、こちらを気にしてくれているらしき前川君の横をすり抜け、3階の廊下を右に走った。
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