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薄暗い海岸に少しずつ陽が射してくる。
冷たい空気の中に朝の温度が混ざってきて、肌がじんわりと暖かくなる。
波は変わらず、同じような動きを繰り返している。けれどきっと、全く同じ形の波は二度と見られないのだろうと思う。
押し寄せるそれの内側で砂が巻き上がっては地面で広がる。その様子が見える水の透明感と、冷たい色が神秘性を孕んでいる。
海がどこまでも続いていて、遠くに見える細かな波が、朝日の眩しさをゆらめいて溶かす。薄青い雲が空に顔をのぞかせて、わがもの顔で泳いでいる。
鼻腔を抜ける潮の匂いが、懐かしさとともに子どもの頃の夏の思い出を蘇らせる。
あの頃はまだ、世界は限りなく広くてどこまで行っても終わりなどないのだと、漠然と思っていた。そう考えているうちにも、まだまだ世界は広がり続けているような気でいた。
世界は確かに広かった。けれど限りはあった。大人になるほどにその大きさが少しずつ分かるようになった。
知らないことがあると不利になる、という機会は、生きていれば多少は遭遇する。一方で、知らないからこそどんな無謀なことすら想像することができる、ある種の無敵さのようなものもあるのかもしれない。
今もまだ、あの頃の”無謀なのにやけにワクワクした自分”は残っているのだろうか。
波の音は静かに、囁くように同じ動きを繰り返している。
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