僕の人生の物語

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 玲奈が目の前でコーヒーを飲んでいる。人気の少ない喫茶店で、僕と玲奈は向かい合って座っていた。 「どうしたの、急に?」玲奈が尋ねる。 「いや、しばらく学校を休んでいたから、玲奈に会いたいと思ってさ」できるだけ、平静を保って答える。 「それは、うれしいけど……」玲奈はそう呟いて、少し顔を赤らめた。 「篠塚君、なんで学校休んでたの?」  僕のことを篠塚と呼ぶ玲奈の目に、疑いの色は全く浮かんでいない。もしかして、すべて僕の杞憂だったのではないのだろうか——。僕のことを篠塚だと思っているのだとすれば、僕と篠塚が練ったこれからの計画に意味はない。口封じすることがないのだから。  しかし、もう計画は走り出している。それは不可逆で、一度始まればもう止まれないものだった。 「まあ、いろいろあってさ……」  僕はごまかしながら玲奈の表情を伺う。そろそろ効き目が表れるはずだ。 「あれ、なにか変みたい……」玲奈が言った。  その目は焦点を結んでおらず、瞼を開けようと必死になっているのが分かる。  ほどなくして、玲奈は机に伏して眠ってしまった。隙をみてコーヒーに入れておいた睡眠薬がようやくきいたらしい。  僕は背後のボックス席に座っていた篠塚に合図をする。 「やっとか」篠塚が言った。  僕が会計を済ませている間に、篠塚は玲奈の肩を担いで、外に停めてあったレンタカーの後部座席に玲奈を押し込む。  僕が助手席に、篠塚が運転席に座り、車は発進する。 「計画の、場所なんだけど変更しないか?」まだカフェの駐車場からでないうちに僕が提案する。 「どこに?」篠塚は訝しげな表情を浮かべて尋ねる。 「山奥に、使われていない小屋を見つけたんだ。僕の家でやっちゃうと、騒がれたとき面倒だし、万が一逃げられたりしたら、すぐに人に助けを求められてしまう」 「確かにな。服を剥がれて、動画を撮られるんだ。暴れるだろうなあ」そう呟く篠塚はどこか恍惚とした表情を浮かべていた。  僕の提案は承諾され、場所は山奥に移された。 「ちゃんと、免許証は持ってきたか?無免許運転でつかまったりしないだろうな?」僕が尋ねる。 「あるよ」篠塚は不思議そうにそう答える。  一時間ほど走ったところで、ナビが目的地にたどり着いたことを知らせた。 「よし、ここからは歩きだ。念のため、二人で人がいないかを見回ろう」  僕は篠塚を連れ、山小屋への道を案内する。  どこにも存在しない、山小屋への道を。 「おい、まだか?どこにあるんだ?」篠塚が苛立った様子でそう尋ねた。  僕はその声を合図にすばやく振り向き、ポケットに隠し持っていたスタンガンを押し当てた。  篠塚は絶叫しながら痙攣し、やがて気を失った。  素早く篠塚のポケットをまさぐり、運転免許証を手に入れる。  これでいい。  これで僕は、正真正銘、本物の篠塚雄介になれる。  気絶した篠塚を見下ろす。  あとは、これを崖から捨てれば終わりだ。  こうする他に、僕の日常を守るすべはなかった。僕に学生証を拾われたばかりにこうなってしまうこの男は哀れだが、玲奈を脅す計画を立てているときの様子を見る限り、ろくな人間ではない。きっと、僕の方がうまく生きれるだろう。  僕は篠塚雄介を担いで、新たな人生の一歩目を踏み出した。
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