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「いかれ野郎だな」篠塚雄介は言い放った。
「どうかしてるよ。拾った学生証の人間に、なりすますなんて」
「最初はほんの二、三日の遊びのつもりだったよ。学生証が再発行されれば、前のものは使えなくなるから。けれど、そうはならなかった。二年たった今でも、僕は篠塚雄介でいることができた。てっきり、本当の篠塚雄介はもう学校をやめたんだと思っていたよ」
「やめたつもりだったさ。学生証だって、落としたんじゃない。捨てたんだ」篠塚は吐き捨てるように言った。
「大学はくだらなかった。通う人間も、教える人間も、惰性だけでやっているように見えた」
「それなら、なんで今更取り返しに来た?」僕は尋ねる。
篠塚はため息をついた。
「くだらない大学に使う時間があったら、すぐに働こうと思ったんだ。だが、誰も俺を採用しようとはしなかった。くそみたいな大学だったが、それでも、社会は『N大学を卒業した人間』に価値を見出す。そこに気づいたんだ」
そう答える篠塚の表情には諦めのようなものが漂っていた。
「まあ、そういうわけで俺の学籍は返してもらう。ただし、卒業までは俺のふりをするんだ。いきなり入れ替わるわけにはいかないからな」
「待てよ、お前の代わりに僕が出席して、それで、N大卒業の称号だけお前に渡せっていうのか?」
「お前、立場が分かっているのか?お前がやっていることがばれたらどうなると思う?お前は俺の言うことを聞くしかないんだよ」
篠塚は立ち上がる。
「じゃあ、そういうわけで、しばらくは俺になりきってもらうから絶対にばれるなよ」
「あ——」思わず、間抜けな声が出る。
篠塚の登場で忘れていた、今日の出来事を思い出したのだった。
「なんだよ?」篠塚は怪訝そうな顔で尋ねる。
「もう遅いかもしれない。同級生の女の子に、僕の本名と写真が載った運転免許証を見られたんだ」
篠塚は大きくため息をつく。
「まじかよ」
しばらくの沈黙。
「じゃあ、仕方ないな。口封じをしよう」
篠塚は冷たく言い放った。
「どうやって?」
「方法なんて、いくらでもある」
篠塚は顔を歪めて笑った。
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