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強く 抱きしめて 17
「千景さんは、貴方と千都星だけを愛していると仰っていました。貴方のことを『生涯ただ一人の人』だと。僭越(せんえつ)ながら、貴方にとって千景さんも、『生涯ただ一人の人』だとお見受けしました」
「貴様に・・・何がわかる・・・?!」
「ええ、わかりません。オレごとき若輩者(じゃくはいもの)にはわからないくらい、強く深く愛し合っておられるように見えます」
お父さんは剛さんをきつく睨(にら)み付けて、今にも怒鳴りつけそうに怒っている。でも、剛さんに言われたことが図星なのか、拳を握り締めたまま黙っていた。
剛さんはお父さんの鋭い視線を向けられても、何処吹く風状態で、眉一つ動かさずに、真正面から受け止めている。
ボクだったら体が竦(すく)んで、もう何も喋(しゃべ)れなくなるのに。
剛さんはすごいな・・・。
ボクはずっと剛さんの横顔を見上げたまま、剛さんはお父さんと相対(あいたい)したまま、話し続ける。
「親子鑑定をしようと思えば、いつでも出来たはずです。でもそれをしなかったのは・・・千都星が本当に自分の子供じゃなかったら・・・それが証明されるのが恐かったから。ですよね?」
「・・・っ!」
「それによって千景さんと、千都星との関係が絶たれるのが恐かったから・・・でも大丈夫です。千都星は貴方の子供です」
お父さんは無言のまま剛さんを睨み付けたまま、大きく深呼吸すると、瞳を閉じた。そして瞳を開いた時には、いつもの冷静沈着な態度に戻っていた。
上体を起こして再び背もたれに寄りかかって、挑発的に薄い口唇を横に引いて笑った。
「面白い。いいだろう、鑑定を受けてやる」
剛さんはこうなるのがわかっていたようで、にっこりと微笑む。
「有難う御座います」
「ただし、鑑定結果で親子関係が否定されたら、本当に縁を切るぞ」
お父さんは剛さんと話している間、ボクを見もしなかったのに、急にボクをチラリと見た。それだけで、ボクは体が震えて硬直する。
剛さんが、握ったままの手を更に強く握ってくれた。
「できませんよ」
「なに?」
「貴方にはそんなことできません」
そういうと剛さんはいきなり立ち上がって頭を下げた。
「本日は有難う御座いました。詳細は後日また連絡致します。失礼致します」
剛さんはボクを促(うなが)すとドアへと歩き出す。ボクは慌(あわ)てて立ち上がって剛さんの後を追った。
結局ボクは一言もお父さんと話していないことに、今更気が付く。
ちらっとお父さんを見ると、苦虫を噛み潰(つぶ)したような険(けわ)しい表情をしたまま、黙って腕を組んで机を睨(にら)んでいた。
お母さんの時と同じで全部剛さんに説明させてしまった。
言いたいことが言えず、どうしても言葉が出てこなくなってしまう。
変なことを言って嫌われたくない。余計なことを言って怒らせたくない。疎(うと)まれたくない、拒否されたくない・・・。
そんな感情が渦巻(うずま)いて。
何も言えなくなってしまう。
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