強く 抱きしめて 24

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強く 抱きしめて 24

『病気ってわけじゃないのよ。その・・・』 「なに?」 『・・・赤ちゃんできたのよ』 「・・・・・え?」 聞き慣れない単語に脳味噌が追いつかない。 「え?なに?ちょっと何言ってるかわかんない」 『だ・か・ら!赤ちゃんよ。妊娠したの。貴方の弟か妹ができたのよ』 「はぁ?!・・・ええっっ?!お母さん・・・赤ちゃん作れるの?!」 『失礼ね!まだ現役よ!』 「えええええ・・・・」 ダメだあ・・・追いつかない・・・え、ボクに兄弟ができるの?! 今更?!年の離れた兄弟が?! 「・・・父親は・・・」 『お父さんに決まってるでしょう!!』 「ですよね」 ボクはソファに前屈(まえかが)みになって座り、額に手を当ててお母さんの話しを聞き続けた。 『それで、さっきお父さんに報告に行って・・・』 「うん・・・」 『再婚することになったから』 「はあああ?!」 ボクは顔を上げて叫ぶと、ソファにぐったりと倒れ込んだ。 『お父さんすごく喜んでくれて、ちゃんした環境で育てたいって、またプロポーズしてくれたのよ』 「はあ・・・」 『だから今度記者会見するから。あ、貴方のことも公表するからね』 衝撃的なセリフ。 「いやいや、待って待って!!ボクのことはいいじゃん!!」 『そうはいかないわ。ちゃんと私達夫婦の長男として公表するわよ。大丈夫よ、千都星は一般人だから報道規制かけるから!』 「はあ・・・」 本当に・・・この人は、この人たちは、いつもいつも突拍子もないこと言いだして。ボクを混乱させるのが特技だよね。 『千都星・・・ごめんね・・・』 いきなりお母さんが神妙(しんみょう)な声で言う。 「え・・?何、急に?」 『だって貴方のこと・・・放ったらかして・・・最低な母親だったのに・・・今お腹にいる子はちゃんと育てたいって・・・思って・・・』 ああ・・・なんだ、そんなこと・・・。 「もういい・・・もういいから。ボクは産んでもらえただけで、ありがたいと思ってるよ。剛さんと出会えたから・・・ありがとう」 最悪な生活をしてきたけど、剛さんと出会って、最高の人生になったから、だから、大丈夫。 『・・・ありがとう・・・貴方を産んで良かった・・・』 お母さんの照れた小さな声が鼓膜に届く。 ずっと聞きたかった言葉。 生まれたことを肯定して欲しかった。 生きていて良いと、言われたかった。 今まで言われ続けた、ボクを否定して拒否してきた言葉が、ボクの心から消えていく。 ああ・・・十分です・・・その言葉が聞けただけで。 もう十分です。 『じゃあ・・・そういうことで。よろしくね〜』 「え、ちょっとお母さん!」 ツー、ツー・・・・。 言いたいことだけ言って、電話は切れた。 ボクは再びソファに倒れこむと、深い、深い溜息をついた。 本当に・・・自由奔放(じゆうほんぽう)で、我儘で、綺麗で、少女のような、悪魔的な魅力に溢れた女性。 ボクもお父さんも、ずっと振り回されている。 でも、それが心地良いと思えるようになってしまった。 「くすくす・・・赤ちゃんだって・・・」 ずっと、兄弟が欲しいなって思っていた。 でもそれは小さい頃であって、こんな大人になってからは、思っていなかった。 兄弟がいれば、家にいても淋しくない、一人で眠る哀しさも紛(まぎ)らわせられる、守って守られて、そんな風になるんだろうなって、思っていた。 さすがに今生まれても、年が離れすぎてて、『お兄ちゃん』っていうより『叔父さん』のほうがしっくりきてしまう。 「本当に・・・敵(かな)わないなぁ」 楽しみになってきた。 『叔父さん』でも何でも良い。 ボクの兄弟が生まれる。 両親が再婚する。 本当に何なんだよ。 幸せなことがいっぺんに起きて、すごく幸せで幸せで。 恐いくらい幸せで。 生き延びて良かったと、思った。 Fin
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