美月の場合 01

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美月の場合 01

数百年ほど前、人間にはたった2つの性別しか存在しなかったらしい。 「カフェモカのホットをSサイズでお願いしまーす。茉白先輩は?」 「んー、アイスコーヒーのMサイズで」 男と女、たったそれだけ。もしも男と男、女と女が恋に堕ちても子を成せないということだ。 男と女だからって絶対に子作りができるってわけじゃないし作らなきゃいけないわけじゃないけど、同じ性別だと結婚すら許されなかったというんだから驚きだ。 そんなナンセンスな縛りを法律で作ってしまったもんだから、世界的に人口が減少していった。疫病の流行や第三次世界大戦の影響があったにしろ、男女の組み合わせでしか結婚も子孫繁栄もできないんだったらそうなるのは必然だと思う。 「美月、最近はいつもカフェモカだな。ハマってるの?」 空いていた席に向い合わせで座ると、茉白先輩がにこりと微笑んだ。 「いやぁ、ほんとは新作の甘いやつ飲みたいんですけどねぇ。クリーム増し増しにして」 「そっちにすればいいのに」 「……ダイエットしてるんですぅ」 テーブルにべたっと右頬をくっつけるように突っ伏すと、小鳥がさえずるかのように可憐に茉白先輩が笑った。 「そんなことしなくていいのに。美月、べつに太ってないじゃん」 「ダメだってば、茉白先輩! まじで甘やかさないで、最近やばいんだから~!」 「そうかぁ?」 不思議そうな顔で表情を窺ってくる茉白先輩に、ドキッと胸が高鳴った。 鈴木茉白先輩。 半年前から付き合ってる、1つ年上の彼氏だ。 大学の同じサークルの先輩だった彼に一目惚れしてアタックしまくって、ようやく報われて恋人同士になることができた。 淡く色付いた茶色の髪、同じ色の瞳。黙っていると少し冷たく感じる切れ長のそれは、笑顔を作ると蕩けるほど甘くなる。 もちろん先輩の見た目だけが好きなわけじゃない。でも、先輩を好きになった理由のひとつ目は見た目だっていうのも否定しない。 ……いや、でも誰だって最初はそうじゃない? 「そう言えば、来週だっけ? バース性の再検査って」 大戦後、人口減少に焦った人間たちは遺伝子改良を始めた。 α、β、Ω。男女という二つの性とはべつに、バース性と呼ばれる第2性と呼ばれるものが確立されたのである。 αは男女関係なく子作りに特化した性で、なにをしてもそつなくこなす傾向にあるエリートと呼ばれる人たちだ。Ωはそれに反して男女関係なく子を宿すことができ、主にαから差別されることが多く社会問題にもなっていたことがあったらしい。 「あー、はい。めんどくさいですよね、20歳になったら再検査しなきゃいけないなんて」 「たまーにバース性が変わる人もいるみたいだからなぁ」 私も茉白先輩もβで、αの特権もΩの劣等感も特に感じることなく生きてきた。 バース性が3種類あると言っても、人口のほとんどがβだ。αもΩも希少価値で、私はほとんど見たことがない。 第2性特有のいろんな症状が薬でコントロールできるようになったのもあって、街中ですれ違った程度じゃ気付かないからっていうのもあるかも。 他人に第2性を聞くことはタブーではないけど、わざわざ聞くものでもない。 どんなに仲がいい友達のものも知らないし、べつにそんなことで友達を選んでるわけじゃないしね。 「あ、でもお父さんと弟くんはαだったよな? もしかしたら美月も突然変異しちゃうかも?」 「えぇ? ないない、だって悠斗は生まれながらのエリートって感じだし」 ほとんど見たことがない、とは言ったけど。 実はうちのパパと弟はαなのである。誰にも言ったことがないけど、茉白先輩にだけは告げていた。 まーでも、αって独特の雰囲気あるから言わなくても気付かれてそうではあるけどね…。 贔屓目なしにしても弟は男女問わずモテまくってるし、パパもママと結婚するまでは派手に遊んでたって聞いてるし。
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