エイス

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「一つは、こちらが必要とする情報と金。それを先に全部貰います」 「前金ということですか」 「そうです」 「出来る限りをしましょう。それで、もう一つは?」 「もう一つは……」  ラトスは、まだ考えていた。  違う方法は他にないか。これで絶対間違っていないのか。  数秒ほど考えていると、突然、頭の中と胸の奥に、黒い靄のようなものが渦巻きはじめた。靄は、思考を塗りつぶしていく。考える必要などない、命を棄てよと言っているかのようだった。  棄てるべきなのだ。  復讐し、許せぬ自分自身も殺すべきなのだ。  ここまで来て、何をためらうのだろう。  ラトスは、夢の中に出てくる妹の姿を思い出した。その姿は、その顔は、喜んでいないのだ。うらめしそうに何か語りかけてくるではないか。そうして、真っ黒になったこの心が、今の全てだ。  やがて大臣と、その後ろにひかえる老執事をにらみつけながら、口を開いた。 「王女を連れ帰れたならば」 「ならば……?」 「それと交換で、俺の妹、シャーニを殺した者の名を教えてほしい」  静かに、力強い口調で言った。王女と比べれば安いものだろうと、脅したようなものだ。不信感をあおったと言われても仕方がない。しかし、不信感以外のものが伝わるはずだという確信がラトスにはあった。 「……なんと」  大臣は笑顔を消して、顔をゆがませた。  城内に殺人を犯した者がいると? と大臣は、ラトスを少しにらむようにしてたずねる。ラトスは表情を変えずにうなずいてみせた。 「少し調べれば分かることです。俺も隠しません。いや、どうせ隠せはしないと」 「難しいことです。それは」 「そうでしょう。ですが、ハッキリ言わせてもらえば」  ラトスは大臣と、その後ろにいる老執事をにらみつけるようにして、言葉をつづける。 「この度の依頼で、俺以上の適任者はいません」  ハッタリである。  だが、ラトスは自身の情報網と行動力、万が一の戦闘力にも自信があった。そして、目の前にいるこの男は、城下の人間にまで助けを求めるほど手段を選ばない人間だ。王女を見つけられる確率が上がるならば、自分を外しはしないとラトスは読んでいだ。 「犯人の名は、王女を見つけられなければ、望みません」 「ほう?」 「それに、そちらの二つ目の条件は必ず飲みます」  大臣が出した二つ目の条件は、国の威信を損なう言動は取らないようにというものだ。つまり、復讐のための一助をもらえれば、その後は自分自身をどのようにあつかってもかまわないとラトスは暗に伝えたのだった。  不信感をあおるような要求ではあるが、逆に言えば自身の腹の底をさらけだしているようにも見える。大きな報酬を約束されれば人間は簡単に裏切らないことを王侯貴族なら知っているはずだ。ラトスが提示した要求は金では測れない。見方を変えれば度を越えた報酬ともいえる。その度を越えた報酬を得られるなら何でもすると大臣に思わせることができれば、勝ちなのだ。  しばらく沈黙がつづいた。だが、ラトスが提示した要求の意味は、大臣も、その後ろにひかえている老執事もすぐに分かったのだろう。大臣はやがて頭を小さく縦にふった。 「クロニス殿。これは、あなたの命に係わりますぞ」 「そのつもりで、ここにいます」 「わかりました。少し、考えます。なるべく期待に添う答えを出しましょう。今はそれでも?」 「それで構いません」  ラトスは大臣をにらんだまま、小さくうなずいた。  それから大臣は、老執事に依頼登録のための証書を持ってこさせた。登録と、誓いのための血判を互いに押す。 「お互い、命懸けというわけです」  大臣が自嘲するよう笑った。本当にその通りだと、ラトスは顔をゆがませるのだった。
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