エイス

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 城下の中央区画までもどる。  日が高いころの喧騒を忘れないように、まだ多くの馬車や人が行き交い、あふれていた。砂埃が少し立ち、ラトスの鼻先をかすめていく。人の波に飲み込まれないよう、ラトスは大通りから建物の隙間をとおりぬけて裏通りに入った。  裏通りにはすでに夕陽の明かりは届かず、薄暗くなっていた。歩くと、砂を踏むような感覚が足裏に伝わる。大通りと同じ石畳だが、整備されていないところが多いのだ。道端にたまった土からは雑草まで伸びていた。  これくらいの時刻になると、下流区画まで行かなくても、訳ありそうな人間がここそこに街の底から這いでてくる。  道端にうずくまる者。  表ではできない商売をしている者。  男を誘う者。  女を誘う者。  ナイフを片手ににらみ付けてくる者。  もうすぐこの世からいなくなる者。  現実とは、面白くない。  ラトスは無表情にそれらを見ながら、裏通りのただ中を歩いた。  男が、女が、疲れた目で、ぎらついた目で、こちらを見てくる。だが、声をかけてくる者はいなかった。こういう時、ラトスは自分の顔の傷に感謝する。鼻頭から耳の下まで伸びた古傷は、荒くれ者にしか見えないのだろう。人の海が二つに割れて、行く道を開けたことなどは、一度二度ではないほどである。  傷ができてから顔が時々引きつったりもするのだが、それは仕事をする上で役にも立った。利用できるものは何でも利用するのが賢い生き方だと、ラトスは信じて、ここまできていた。  やがて、陽の明かりが消える。  裏通りに夜の帳が下りた。  戸口や木窓の隙間から、じわりと弱い光がにじみでて、何とか足元が見えている。  ラトスは、暗い上に、妙に人も増えはじめた裏通りの先を見た。  そろそろ大通りの人通りも減っただろうか。そう思った時、フードを被った男が一人、道端に座り込んでいるのが目に入った。  うずくまっているわけではない。  ただ、座り、少し顔を上げて、夜をのぞいているようだった。そしてそれは、よく見ると、昼間に見かけた占い師のような男であった。客らしき人は周りに居なかったが、店仕舞いをする様子はない。  ラトスはその男を目端にとらえながら、とおりすぎて大通りにもどろうとした。だがラトスが近付くと、占い師の男は彼に気付き、にやりと不気味な笑顔を見せてきた。  ラトスは立ち止まり、占い師の男を見下ろした。すると占い師の男は、そうしてくるのが分かっていたかのように立ち上がり、挨拶をしてきた。 「なんだ?」  占い師の男の挨拶に、ラトスは不愛想な声で返す、男は小さく笑い声をこぼした。どこか感情のない笑顔と笑い声に、妙な違和感を覚える。  用がないのならもう行くと、ラトスは占い師の男をにらみ付けて、横をとおりぬけようとした。 「ラトス=クロニスですね  占い師の男はぽつりと、ラトスのフルネームをこぼすように言った。その声は笑い声のようにも聞こえたが、感情がこもっていないようにも聞こえた。 「おまえは誰なんだ」 「何者でもありません。ただ、あなたを待っていました」  占い師の男は人形のような笑顔をくずさずに応えた。  ラトスは怪訝な顔をして、半歩後ろに下がった。 「あなたが探しているものを私は知っています」    占い師の男は一歩、ラトスに近付いた。 「人探しのことか?」 「ええ、そうです」  また一歩、近付いてくる。 「それは助かる。お前は情報屋なのか」  気味の悪い男だが、ラトスは城で得た情報以外は何も持っていなかった。今は真偽問わず多くのことを知っておきたい。 「そのようなものです」  そう言うと、道化のように深々と頭をたれて一礼した。 「聞こう」  ラトスは道端に寄って、建屋に寄りかかった。それを見て占い師の男は小さくうなずくと、少し距離を取ってラトスの隣に立った。
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