森の底

1/12
前へ
/284ページ
次へ

森の底

   ≪森の底≫  真夜中の森の中を歩いていた。  エイスガラフは、大森林のただ中に築かれた王国だ。上空から見れば、森林の中にポツリと切り取った空間が見えるだけだろう。その空間に向けて大小の道が曲がりくねり、森を切り開いていた。  そして今、ラトスが歩いている場所はというと、森を切り開いた道ではなかった。小さな灯りひとつを持って、草木生いしげる森の中を歩いていた。  灯りが照らすところ以外は、真っ暗でなにも見えない。  見上げてみると、月の明かりがわずかに降り注いでいた。そのわずかも、枝葉にさえぎられて森の底にはとどかない。人の目だけでは到底、夜の森を歩く助けにはならなかった。 「ちょっと待って。待ってください!」  だいぶ後ろから声が聞こえた。年若い女の声だ。  ラトスは立ち止まると、声が聞こえたほうへふりかえった。  そこには深く暗い森しかないようだったが、よく見ると、ずいぶんはなれたところでぼんやりと明るくなっている場所があった。ラトスは目をほそめる。わずかな明かりに照らし出された草木の中に、上下左右にせわしなくゆれる確かな灯りが見えてきた。 「ちゃんと待っているぞ」  ラトスが返事した先の灯りは、次第に近づいてくる。やがて、暗い森の中から息を切らした女性があらわれた。その女性は、赤みがかった黒い総髪で、軽装ながら上等な布と革で縫われた衣服に身をつつんでいた。腰には剣を佩いていて、その鞘にはこまやかな装飾がほどこされていた。一見、上級の兵士か騎士のようにも見える。 「もっと……。もっと、ゆっくり……。本当に。お願いですから」 「ゆっくりだったと思うが」 「女の子のゆっくりは、そうじゃないんです」 「……お前は兵士だろう?」 「いえ。だから。兵士じゃ……ないんです」  ラトスは黒い髪の女性の腰に下がっている剣を指差したが、彼女は息を切らしながら首をふり、両膝に手をつくのだった。
/284ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加