森の底

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 だが森の中に入ってすぐ、メリーの足は遅くなった。 「一度来たのだろう?」 「あのときは、もっと街道を通って……」  これから行く場所は、まっすぐ森の中を進んでも二日、三日かかる距離だった。街道をとおって遠回りすれば、おそらく片道五日以上はかかるだろう。高級品である栄養価の高い携帯食料で食いつなぎながら行き着いたのか、道を行き交う者から食料を買いながら進んだのか。どちらにせよ、金持ちにのみ為せる技を見せつけられたようで、ラトスはため息をこぼすしかなかった。 「メリーさん、悪いが」  ラトスは、膝に手をついているメリーに手を差し伸べる。  眉根を寄せ、わざと強めの口調で声をかけた。 「手持ちの食料は、石みたいに固いパンと少しの肉だけでね」 「わかってますよ」 「そうか」 「ええ」  強めの口調にたいし、メリーにおびえる様子はない。差し出された手をつかみ、身体を起こした。 「でも、すみません。ご迷惑を……」  おびえない代わりに、メリーは悔しそうな表情をして、うなだれた。  彼女のの顔色は、まだ少し暗かった。森の中を歩くのに慣れていないというだけではない。心身ともに疲れ切っているのだろう。  ここまで疲れ切っている彼女が、無理やりに同行を願いでた理由は、とても単純なことだった。  王女と二人で城をでた目的は深く聞かなかったが、たった二人で護衛もまともに付けずに城を抜けだしたのだ。しかも十日以上の旅となることを分かってのことである。それだけでも由々しき事態だろう。  だが、それだけでは済まなかった。メリーは、単身で城に戻ってきたのだ。重罪を免れることはできないはずだった。  メリーは悔しそうな顔を上げて、ラトスを見ている。  おそらく、ラトスが王女捜索依頼を受けたことを城で偶然知った、というわけではないだろう。王女が目の前で消えてから、城下街の裏通りでラトスに声をかけるその瞬間まで、彼女は必死に王女を捜しつづけていたのだ。ひたすらに考えつづけ、実行できる限りのあらゆる手段を尽くしたに違いない。  ラトスは、悔しそうな顔をしたままのメリーを見ていた。  従者としての責務か。使命感か。  それとも「死罪を免れるための嘘」からか。  メリーは必死に「取り戻そう」としているのだ。その気持ちは、ラトスも分からないわけではなかった。それに、今は、彼女の愚かしい必死さが役に立つ。 「陽も落ちて大分経った。そろそろ休もうか」 「……はい」 「明日は、もう少し歩く」 「はい……!」  ラトスは、緊張しているメリーの背中を軽くたたく。彼女の荷袋を受けとり、肩にかついだ。今日はここで野営しようとメリーに言い、木の幹にラトスとメリーの荷袋をしばりつけていく。  メリーはしばらく立ったまま動かなかったが、何度か拳をぎゅっとにぎった後、ラトスを追いかけてそれを手伝った。
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