森の底

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 その夜。  ラトスは夢を見た。  それは、妹のシャーニの夢だった。  薄暗いラトスの家の中で、シャーニがじっと、こちらを見ていた。  少女が立っているところより少し奥に、小さな暖炉がある。そこには小さく火が入っていた。  火の爆ぜる音は聞こえないが、少女の後ろ髪が、ときどき強い赤で染まった。  シャーニは、じっとこちらを見て、何か言いたそうにしていた。  恨んでいるのか。  早く復讐をしてほしいのか。  それともラトスも早くこちらに来いと言っているのか。  シャーニの目は暗く、ぼそぼそと何か言っているが、いつも通りそれは聞き取れなかった。  ラトスはそこで、いつも、胸がひどく苦しくなった。  苦しさで膝を突き、妹の顔を下からのぞき込むかたちになる。少女はラトスの顔を見下ろして、まだ何かを言っていた。  少女の頭上で、小さなカンテラがゆらゆらと揺れているのが目に入ったところで、胸の苦しみは最大になるのだった。  呼吸が荒くなって、ラトスは目が覚めた。  身体の下にしいていた枝葉のすれる音がした。彼は何度か地面を手でさわり、周りを見回した。  そこは森の中だった。朝日はまだ昇っていないが、辺りは少し明るくなりはじめていた。  すぐ近くで枝葉のすれる音がして、ラトスは目を向けた。音の鳴った方向には、布で簡易に作られたシェルターがあった。その下で、メリーがもぞもぞと動き、寝ていた。  何度か、またたきをする。ラトスは息苦しさを解消するため、深呼吸をしようとした。  身体の中に、黒い靄がかかっている。  息が、吸いづらい。  妹の夢を見れば、必ず息苦しさにおそわれていた。しかし、夢から覚めて、黒い靄のようなものが身体に渦巻いているのは初めてのことだった。  身体の中も、頭の中も、黒い靄のようなものが渦巻いている。息苦しさに加え、思考力までも消そうとしているようだ。このまま狂気に憑りつかれたなら、楽になるのではないかとさえ思える。  うずくまり、ラトスは夢の内容を思い返した。  もしかすると、黒い靄が余計な考えを消そうとしているのだろうか。心を鋭くさせ、憎しみを忘れるなと、伝えてきているのではないか。  目的を果たせ。  ラトスは頭をかかえて、しばらくそのまま、うずくまった。  メリーの寝息が聞こえる。  風がゆるやかに抜けて、森が静かに鳴っている。  忘れることなど、ない。  ラトスは顔をあげて、森の奥をにらみつけた。  この奥に、占い師の男が言っていた「隠された場所」とやらがあるはずだ。長く、シャーニを待たせなどしない。必ず、確実に、目的を遂げるために、この大きな依頼を達成する。城の人間に、大きな借りを作らせるのだ。  これでいい。  間違っていないだろう?  次第に頭の中の黒い靄が消えていく。はっきりと思考力が鋭くなっていくのをラトスは感じた。胸の苦しみも消えていて、かえって気分がいいほどだった。  ラトスはすっかり消えてしまった焚火跡の炭を、足で踏みつぶした。  その音で、メリーが目を覚ましたらしい。布のシェルターの中から、何度か枝葉のすれる音がした。間を置いて、小さなあくびも聞こえてきた。
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