エイス

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 足が重い。  下流区画を後にして、再び上流区画に入ったラトスの気分は最悪だった。  王女捜索を行うには、城で身元を証明し、登録を行う必要があるという。ギルドの受付の話では、なかなかに厳正なものであるらしい。少年の心のままならば、もしくは一獲千金を目論んでいるだけならば、きっと浮かれて走りだしているだろう。だが、ラトスの目的は違うのだ。  彼には殺意をいだくべき相手がいる。  友人のミッドから得た情報を信じるならば、その相手は、城の中にいるらしい≪黒い騎士≫三人だ。ラトスは懐に手を当てながら歩き、また少し顔をゆがめた。  城に着いた頃には、陽が傾きはじめていた。  エイスガラフ城の周囲は、丁寧に手入れされていた。右を見ても左を見ても、等間隔に使用人たちがならび、清掃にはげんでいる。城を囲う白い壁はもちろんのこと、石畳には塵一つない。大通りの延長上であるはずなのに、城の周囲は、まるで違う世界だと言わんばかりだった。  ラトスが足を向ける先に、門があった。周囲に、大通りのにぎわいはない。ただ、衛兵が二人、門の前で直立していた。その姿は、城下街を囲う城壁の大門に勤めている衛兵とは違う。きらびやかな甲冑に身をつつんでいた。衛兵たちは指先一つ動かさない。まるで銅像のようだとラトスは思った。  ラトスは諸々覚悟を決めて、足を進めていった。  まだ門からは、百歩ほどはなれていたが、銅像のような衛兵二人はこちらに気付いたらしい。槍をにぎりなおして、石突を二度、石畳に小さく打ち付けた。 「そこで止まってください」   衛兵の一人が、丁寧な口調で言った。 「入城のご予定ですか?」 「そうだ」 「用件を窺っても?」  衛兵は笑顔で対応していたが、槍を持つ手の力はゆるめていなかった。 「人捜しの依頼を受けている」  ラトスは無表情に答えた。  真っ当な人間なら、ここで笑顔を返せるのだろう。だがラトスに、そんな器用なことはできなかった。今はただ、気をゆるませない。自身から悪い感情がにじみだし、衛兵に気付かれてしまえば、依頼を受けるどころではないのだ。 「身分証となるものは、お持ちですか」  そう言われ、ラトスはギルドから発行された証書と紹介状を衛兵に見せた。それは、暇そうにしていたギルドの受付がすぐに用意してくれたものだった。彼の勤務態度とは裏腹に、その内容は適当ではない。受け取った衛兵も少し見ただけで警戒を解いてくれたのが分かった。 「ありがとうございます」  衛兵は証書と紹介状を返すと、後ろにひかえていたもう一人の衛兵に手で合図をした。  ひかえていた衛兵は合図に気付くと、門の内にいる誰かと二言三言と言葉を交わした。すると、すぐに鈍い音を立てながら門が開きはじめた。 「案内をする者が、そこに控えています」  ラトスと話していた衛兵は、顔の向きを変えず、槍を持っていない左の手のひらで門を指し示した。門の奥は影になっていてよく見えなかったが、誰かが一礼して、待っているようだった。 「武器等は、門を潜ったところでお預かりしますが」 「ああ。構わない」 「ありがとうございます」  衛兵は最後まで笑顔をくずさず、一礼した。
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