いつの間にか

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いつの間にか

 1980年。世間はルービックキューブに熱狂している。私は、奈良から毎日、京都へ通う。電車で片道1時間だ。目的地は、吉田寮のある吉田キャンパス。確率論の研究をするためだ。大学生ではない。来る日も来る日も研究室にこもる大学院生だ。岡潔氏を尊敬してやまない。  図書館で調べ物を済ませると、午後になっていた。昨日と変わらない一日が刻々と過ぎていく。今日もサイコロを振る。それぞれの出る目は6分の1だが、実際には違う。謎を解き明かしたい。サイコロを振る。出た目を手書きでメモしていく。  3、5、1、5。サイコロを振り続ける。  5、6、3。サイコロを振り続ける。  1、1。ノートがページをまたぐ。  4、5、5、5、6ーー。  メモが取れなくなったのは、サイコロが止まらなくなったからだ。何度も何度も机の上を転がり、すっかり角が取れたその姿は、もはや立方体の形状を維持してはいなかった。まさに球体であった。  気づけば、月が夜を照らしていた。 〜完〜
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