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裏街道の小さな村
ここは隣国へ抜ける裏街道。
昔は国内の集落を繋ぎ、隣国に抜ける街道であった。だが、時代が流れ、新たに距離が短い別の街道が整備されると、人の流れはそちらへ……。こちらは、すっかり寂れていってしまった。
しかし、新たな街道は人通りにあわせて、警備が厳しくなっている。人通りの少なくなったこちらは、予算削減というものか、警備が緩やかになってしまった。そのため、あえてこちらの裏街道を選ぶ旅人もいた。人目を避けて旅をするなど、大概は何か後ろめたいことがある者だ。駆け落ちぐらいはかわいいもので、密輸やら犯罪やら……最悪なことには逃亡者もこちらの街道を使うようになっていた。
いくら後ろめたい人でも、野宿は避けたいものだ。
せめて屋根のある場所、できれば暖かいベッドの上がいい。
さらに、これから峠を越さなければならない旅人にとっては、ちゃんとしたところで体を休めたい。
そんな要望に応えるように、裏街道にある小さな村には、小さな宿屋があった。
食事や保存食も提供している所謂よろず屋で、この村にある店舗と呼べるものはここだけだった。一階は食堂兼店舗、二階は客室になっている。
切り盛りしているのは父親と、そのうら若き娘。母親の姿は、今は見当たらない。
そんな宿屋に、今日は二人組の旅人がやってきた。
片方のマントの下から片手剣の鞘先が見え隠れしている。こちらは剣士であろう。もうひとりは荷物持ちなのか、大きな背嚢を背負っていた。
身長はふたりとも同じぐらいだろうが、男としては少々小柄だ。
ふたりとも素性が知られるのがマズいのか、フードを深めに被り、マフラーで顔を覆い、目だけ出している。体を覆っているマントは、よく見れば高価そうなしっかりとした分厚い生地の仕立てものだ。それをわざと泥汚れやらで、みすぼらしく見せていた。
「いらっしゃいませッ!」
宿屋の娘は荷物持ちが――隣が剣をぶら下げているのなら――従者であろうと思って、後者の方に声をかけた。
ふたりがここに今晩の宿を取るにしても、そういった雑用をするのが従者の役目だ。だが、剣士がふたりの間に入ってきた。
「今日の宿を頼めないか? ふたりだ。同室でいい」
宿屋の娘は剣士の声が妙に高かった事が気になっていた。だが、詮索して機嫌を損ねられると、今日の客を逃しかねない。平静を装いながら、娘は答える。
「ええ……部屋は空いています」
「それから食事を頼みたい。オレたちは腹が減っている。何かすぐに食べられるもの……チーズかパンで十分だ」
「分かりました」
「頼む……」
一通り注文を付けると、食堂の一番隅の席にふたりはそそくさと移動してしまった。
娘は気になることがいろいろとあったが、ひとまず食事を出すために調理室に向かうことにとした。
「客か?」
キッチンで適当にバスケットにパンやチーズを並べ、それに飲み物として自家製ワインを準備していると、父親が顔を出してきた。
どうやら宿屋の裏で薪割りでもしていたようだ。一汗かいたようで、上着の袖で顔を拭っていた。
「ふたり。今晩泊まるらしい」
「どんな奴等だ?」
一応、自分の宿に泊めるのだ。柄の悪い連中が使う裏街道の宿屋だといっても、泊まる人間は気にするようだ。
金は欲しいが、迷惑はゴメンだと思っているのかもしれない。
「今日のお客さんは……」
娘は食堂の片隅に座っているふたりを物陰から見た。
剣士と思われる者は、剣を腰から外しテーブルに立てかけている。従者のほうは荷物を下ろしていた。まだ、ふたりともフードもマフラーも取っていない。それでも顔を向かい合わせ、テーブルの上では手を重ねていた。
(雰囲気的には駆け落ちだけど……)
剣士の甲高い声は女性のように思えた。では、大きな荷物を背負っていた従者と思えたほうは男だろうか。しかし、何かしっくりこない。
この娘のカンというか、テーブルの上で重ねられている手が、ふたりとも女性のように見える。
つまり……。
(ふたりとも女!?)
この娘には理解できないが、世の中にはそういう恋愛もある、と……。だが、この国では同性を恋愛対象に見るなど、異常に思われるし、異端の対象になる。
そのために彼女らは駆け落ちしてきたのであろう。
隣の国……この街道の先の峠を越えて、さらに先にある未知の土地で、ふたりで暮らすことを夢見ているのかもしれない。
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