奇妙な旅人

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奇妙な旅人

「こんな田舎にようこそいらっしゃった。ここの主です」  気が付けば、娘が用意していた食事を父親が例のふたりに運んでしまっていた。  明らかに警戒しているようで、剣士のほうは立てかけた剣に手を伸ばす。 「粗末なものですが、どうぞお召し上がりを……」  警戒する剣士をなだめるように、ふたりの前に持っていたパンとチーズの入ったバスケットを置いた。  そして、彼が持ってきたワインをコップに注いだところで、ようやくその剣士の警戒が()かれたようだ。身を乗り出していたのが、イスに腰を掛け直す。  従者と思われているほうは……相変わらず喋らないし、固まったままだ。  しかし、置かれたパンやチーズを見ると、うずうずと手が動き出した。 「おい!」  剣士が止めるまもなく、従者のほうは顔を隠していたフードとマフラーを剥ぎ取るとパンに手を伸ばしかぶりついた。  これでようやく顔が見えた。短髪の黒い髪に、浅黒い肌をして目鼻がぱっちりとしている中性的な顔だ。だが、宿屋の亭主にはフードを取った瞬間に漂ってきた体臭で分かった。  この従者のほうは女である、と……。  女従者は、空いている片手にはコップを握りしめている。よっぽどお腹がすいていたのであろう。貪るように食べ、喉に詰まりかけるとワインで流し込む。 (だとすると、こっちは男か?)  自分の娘が感じていた事と同様に、ふたりは『駆け落ち』のように逃げてきたのであろうと、考えていた。亭主のほうは、まだ顔の見えない剣士が男であると考えた。それは当然だろう。同性愛など、この国では異端でしかない。 「腹が減っているだろ、お前も喰え!」  と、従者に言われて、諦めたように剣士は肩をすくめた。  剣士のほうはまだ警戒しているのか、フードは取らずにマフラーだけとった。フードを深く被っているのはそのまま。亭主からは鼻から(した)しか見えないが、こちらは色白で隙間からチラリと金色(ブロンド)の髪の毛が垂れ下がるのが目に入ってきた。 (こっちも女か!?)  一瞬、理解できなかったが、やはり漂う体臭がそう思わせた。 (だとすると……これは面白い)  人の良さそうな亭主に見えるが、何か……悪いことを考えているのかもしれない。 「おふたりは明日、峠に向かわれるのですかな?」  前にも言ったとおり、ここは街道にある峠の前の宿屋だ。  旅人はここまにの歩いてきた疲れを少しでも癒やそうと、この宿を取る。そして翌日に峠へ向かうのだ。 「――そのつもりだ」  顔を上げないまま剣士が応えた。 「そうですか……」  と、少々わざとらしく亭主はため息をついた。  それにふたりは反応して、食事を運ぶ手を止める。  そして、剣士が聞き返した。 「何かあったのか?」 「困ったことに峠には山賊が出る噂があるのですよ。そのためにこの街道も廃れてしまって……」 「それでこの街道にあまり旅人がいなかったのか……」 「はい……」  亭主は妙なことを言う。  ここの街道が寂れているのは、もっと別の理由だ。それを山賊が出るとは……。 (このふたりは、温室育ちなのかもしれない)  亭主は、ふたりの関係を見立てて……歳は自分の娘よりも少し上、二十歳前後。かなり裕福な家庭で育ち、思春期あたりで女学校にでも通っていたのであろうと推測した。  そんな温室育ちだから、同性愛などと異端な恋愛感情を持ち、駆け落ちなど容易く考えた。  その証拠に、テーブルに立てかけた剣。(グリップ)(ガード)の素材はかなり凝ったものである。柄頭(ポンメル)にはどこかの貴族の紋章まで刻まれていた。 (この女剣士は、名のある名家のものに違いない)  そして、この街道は人目に付かないとか断片的な情報だけで、ここまで来た。  亭主はそう思った。 (――騙しやすいかもな)  亭主は腹の中で、何か企んでいるようだ。  ふたりには見えていなかったが、亭主は唇を舐めた。  企んでいる者が、勘づかれてはもともこもないが……。 「どうでしょう。ウチの娘が峠の裏道を知っています」 「そうなのか? それはありがたい。ぜひ、案内を頼みたい」  と、剣士は少しだけ顔を上げた。フードから目がチラリと見えた。剣士とは思えない目を見張る美人で、美しい碧い瞳の持ち主であった。 「もちろんですとも……それには……」  ここに来て急に亭主は口ごもった。  片手がフラフラと揺れている……何かを、要求したいように。 「ああ……金は、はずむ」
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