プロローグ

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プロローグ

「よし、決めた!」  血に濡れた室内で俯き涙を流していた男は、ふいに顔を上げ明るい声を出した。  唯一同じ室内にいる一本角の生えた男、ゲシュフェルは怪訝な顔をしながらもその続きの言葉を促す。 「俺、転生する!」 「……何を仰られているのですか?」  いきなり出てきた言葉に、正気を確かめるような声音でゲシュフェルは尋ねた。長い時間のかかった闘いが漸く終わりを遂げ、自身の主は狂ってしまったのかと。  そんなゲシュフェルの視線を知ってか知らずか、太い角が両側から内巻きになっている男が、自身の腕の中にいる少女の髪を愛おしそうに撫でながら「だってさ」と呟く。 「こんなの、悲しすぎるだろ。ずっと闘い続けてるんだぜ? 俺ら。こうして好きな子を殺さなきゃいけないのは……辛いんだ」 「好きな子などと……貴方様は魔王、そして貴方様が今腕に抱えているのは勇者ではありませんか。闘い続けるのも宿命、貴方様がこの魔界の平穏の為に勇者を殺すのも当然です。それに、分かっておられるのですか? 貴方様がいなくなれば、この魔界は――」 「分かってるって。でも、このままじゃ繰り返すだけだ。ずっと、俺らは殺し合っている。そろそろこの連鎖を、断ち切らなくちゃいけない」  自身の突き刺した剣の先を見ながら、魔王と呼ばれた男は悲しそうに微笑んだ。  剣の先は勇者と呼ばれた少女の胸をしっかりと貫いており、顔は苦渋に歪んだまま息絶えている。この魔王城の中には彼女の仲間も死に瀕しており、ここまで一人やって来た彼女は果敢にも立ち向かい、そして負けたのだ。  負けは死を意味している。この魔王城で匿っても良かったのだが、それは彼女が許さないだろう。そんな事をしてしまえば、きっと彼女は自害する。そして殺さずに帰ってもまた、『魔王を殺せなかった勇者』の烙印を押され、暗い余生を過ごすこととなるだろう。  殺すしかなかった、そう分かってはいるのだが、魔王は彼女を殺したくなかった。  交わした視線が、意思の強さが、その輝きが。すべてを愛おしく思いながらも剣を受け流し、心臓に自身の剣を貫き彼女の顔を苦渋に染めたのだ。  そんな彼女の髪をひと房取ると、魔王は赤く華やかな色をしたそれに口づける。そうしながら心の中で転生魔法の呪文を唱え、彼の周りには魔法陣が展開された。 「待ってください!」 「後は任せたぞ、ゲシュフェル」  言いながら彼は勇者の上にのしかかった。  願わくば、彼女の側にいれますように。  そう祈りながら、長きに渡る魔王としての生に彼は終止符を打ったのだ。
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