オーバーホールは二人で

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 すっかり暗くなった夜道をとぼとぼと駅に向かって歩く。 「なんだよ、もう……」  改札に入っても隼人は追いかけてこなかった。傷付いているはずなのに、心の奥だけ時間が止まったみたいになんの感情も湧いてこない。涙の一つも出やしない。  穂高が大学一年の夏に付き合い始めて、二年と少し。それなりに上手くいっていたはずなのに、こんな終わりを迎えることになるとは。  五限目の講義を早めに切り上げた教授に八つ当たりしたい気分だ。いつも通りダラダラと長引かせてくれていたら、隼人の家にサプライズで訪問しようなどとは思わなかったのに。  帰宅ラッシュを過ぎた電車はさほど混んでいなかったが、座る気にはなれない。腰を下ろしたら最後――一人で立ち上がれる気がしない。 「うわ……なんだこれ……」  自宅の最寄り駅で降りると、思わず独りごちてしまうくらいの雨が降っていた。  コンビニで傘を買おうか。一瞬店に脚を向けるが、突風にきゃあきゃあと騒ぎながら歩く相合傘のカップルが目の前を通過して心が折れた。  ――いいや、このまま帰ろう。まだ十月だし、今日はそれほど寒くもないし。  数メートル進んだだけでずぶ濡れになった。薄手の白いカットソーが肌に張り付いて気持ち悪い。普段緩いウェーブを描いているミルクティー色の髪が、今は雨に濡れてべったりと顔に纏わりついている。  このまま雨に打たれ続けていれば、瞼に焼き付いて離れない衝撃的な浮気現場も洗い流せるだろうか。非現実的なことを考えながら普段通らない道に入り、あえて遠回りをしてみる。  通りに人気はない。当然だ。この雨の中、好き好んで外に出る人はいない。バシャバシャと雨水の中を泳ぐスニーカーを見ながら、薄暗い夜道を一人歩く。
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