生きる、道

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 朱く染まる段ボール箱。埃よけのカバーを掛けたベッド。主のいない部屋。 「アキちゃん。……(あきら)」  今は大学近くの部屋で一人暮らしをしている弟の名を呟いて、(さくら)はベッドに浅く腰掛けると、半分が荷物置き場として使われている彼の部屋を見渡した。  五歳下の弟が通う大学は、よほど時間に余裕があるか金銭的に苦しいかでもなければ、ここからは新幹線を利用する距離だ。  桜は、この自宅から通える地元の大学を卒業し、県の職員になって二年目になる。  父は市の職員で、母は専業主婦だ。大学受験も就職も、両親に自宅通学や通勤を、……地元に残ることを強制されたわけではない。彼らが内心傍にいて欲しいと望んでいることは桜も感じていたが、それでも自由にしていいと言ってくれていたし、実際に家からは通えないような大学を希望しても反対はされなかったと信じられる。  ただ、自分がさっさと出て行ったら晶はどうなるのか。桜はそれが気になってしまったのだ。進学も就職も限られる、都会とは違う地方の生活。晶が、中学の頃から今の大学に憧れて行きたがっていたことも知っていた。  たとえ桜が家を出てもう戻らないとなっても、両親は晶にも枷などつけないだろう。そこは桜も疑っていない。  しかし晶はこの街、この家に二人だけで残される、もう若くはない両親をまったく気にしないでいられるだろうか。それが彼の人生の選択に、影響を及ぼす可能性は無視できない。 「私、卒業したら県職員になりたいんだ。安定してるし、結婚しても子ども出来ても続けるのが当たり前だし。転勤しても県内だしさ。いや、結構広いから、引っ越すケースも普通にあるのは知ってるけど、東京とか行くのと比べたら近所レベルでしょ?」  大学時代、桜が故意に安易な印象を与えるかの如くさらっと話した将来像に、両親は手放しで喜んだ。やはり就職で都会に出てしまう学生も多いため、両親もどこかで覚悟していたのかもしれない。 「県の上級職、結構難しいぞ。でも桜なら何とかなる。頑張れ!」  父の嬉しそうな声。母の安心したような表情。……桜は、この故郷で生きることを決めた。  だからと言って、桜は晶の犠牲になったとも、両親のために己を曲げたとも思っていない。今の生活はあくまでも桜自らが選んだものであるし、それについての後悔もなかった。何よりも、桜は自分の生まれ育ったこの土地が好きだから。  目の前に無限の可能性が開けていると無邪気に思い込めた子ども時代は、もう過ぎたのだ。ここから先は、堅実なリアル。妥協でも諦めでもなく、前向きな熟考の末に目指した道を、桜はいま一歩一歩踏み締めつつ進んでいる。
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