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慣れないバイトを頑張っているのは、欲しいものを買う資金の為だ。
高校生と成人では、時給の線引きがされている店があるので、なるだけその差が少ない求人を選んだ結果が、本屋のバイトだった。
学校が終わった夕方から、数時間だけのシフトで働いている。
レジの操作にもたついていると舌打ちする客に遭遇した時は初日で心折れそうになった。
でもそこから持ち直すことができたのは、次に並んでいたお客さんのおかげだった。
「お願いします」
優しい声色で、コミックを会計台に置いたのは同じ高校の隣のクラスの男子生徒は、中村太一君その人だった。
緊張が走ったのは、私が密かに恋心を抱いている人がいきなり目の前に現れたからだ。
「い、いらっしゃいませ」
惹かれた理由である整った顔立ちと細身の高身長の彼との初めての近距離が、心臓バクバクさせる。
コミックのバーコードを読み取り、それが一巻目だったので、決められた文言を言わなくてはいけなかった。
「次回以降、入荷の連絡ができますがどうされますか?」
「じゃあ、それでお願いします」
「かしこまりました」
定期購読の手続きとお会計を済まして、
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
どこにでもある単なる接客時間が終わろうとした時に、中村君はにこりと微笑んで言った。
「バイト頑張ってね。浜村さん」
店の出入口で待たせてある友達の所へ足早に向かう彼の背中をみつめるしか私は反応できなかった。
次の接客を淡々とこなしながら思っていたのは、なぜ私の名前を知ってるのかあれこれと逡巡していた。結局は胸の『研修中 浜村』の名札で腑に落ちたのはバイトが終わった自分の姿を、控室の姿見でみた時にはっとした。
彼の購入したコミックは、男子には珍しい恋愛モノだ。
私も密かに買って読んでみた。中身はよくある高校生の甘酸っぱい青春ストーリーだった。
んー、イマイチだ。。
また別の日、彼はコミックを購入する為に私のバイト先に来店した。
次は足を洗ったヤクザが堅気の世界で奮闘する任侠コメディ。
これは面白かった。
また別の日も、彼は来店した。
今度は、ライト小説をお買い求めでした。一人の若い旅人があちこちの国を旅するシリーズもの。もうこのシリーズは長くて10年間以上続いているから、その一巻のお取り寄せをしてほしいと現れたもんだから、先輩の店員にやり方を教えてもらいに走った。
定期購読しているコミックの新刊が届くと、店員という名目で彼のスマホの番号に電話をかける時が小さな幸せだったりする。
電話の時でも、私の声だと分かると彼の声は一気に親しげに話しかけてくれる。
「浜村さん、どの漫画が来たの?」
彼の定期購読しているコミックは、10冊近くあるので私がタイトルを伝えると、
「いつもありがとう! お仕事頑張ってね」
彼の笑っている顔が想像できるくらい明るい声が返ってくる。
たまに留守電に繋がってしまうと、勝手にがっかりしてその日は一日憂鬱になる。
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