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ろくろ回し
「粘土は画材屋で高級な物を、水は……」
柚樹は、毎年初詣で行く街の神社に、御神水があるのを思い出した。
「あの神社の井戸水なら綺麗なはずだ」
柚樹はすぐに家を出て、チャリを飛ばした。
三時間後、汗だくになった柚樹が水と粘土をかかえて、帰ってきた。
「クヌム、これでいい?」
柚樹がリュックから粘土とペットボトルを取り出す。
「合格じゃ。お疲れ様」
「これくらい平気だよ」
「うむ、それでは、早速、おまえさんに、ろくろの回し方を教えよう」
クヌムは平然とそう言って微笑んだ。
「ろくろの回しかた?」
柚樹は、悪いジョーダンと思い怒りに震えた。
「そう怒るな。そなたもネットで読んだ通り、今のわしはろくろを回しておらんのじゃ」
「まさかのセルフサービス?」
クヌムはゆっくり頷いた。
「マジ、僕にそんなこと、できっこないよ」
「簡単じゃ、現に人間は皆、自分達で人間を作っておるではないか」
「そ、それと、これとは全然違うよ」
「ろくろが人間の中にあるか、外にあるかの違いだけじゃ」
柚樹は、何を言っても無駄だと悟った。
「わしは、おまえさんが、真剣に彼女が欲しいと願ったから、ここにいるんじゃ。あの願いは、肉欲だけだったのか?」
「ぼ、僕は真剣に彼女が欲しいんです」
本心は肉欲まみれの柚樹だったが、咄嗟に口からきれい事をいってしまった。
「ま、いいじゃろう」
クヌムは何もかもお見通しだと言わんばかりの目で柚樹を見てニタニタする。
「よ、よろしくお願いします!」
柚樹はポッと頬が赤くそまった。
「では手始めに粘土に少しずつ水をかけ、よく捏ねなさい」
柚樹は床に胡座をかき、広げた段ボールの上で粘土を捏ね始めた。
「ポイントは、愛とイメージじゃ」
柚樹は心を込めて、粘土を捏ねた。捏ねるうちに、理想の彼女のイメージがリアルに浮かび上がる。カフェや公園や映画館の楽しいデート。弾む会話。
「捏ねるのはそのへんでよかろう」
妄想に浸っていた柚樹は我に返る。
「粘土が玉のように輝いてる」
「その輝きはおまえの真心の輝きじゃ」
「真心……」
「乾く前に、粘土をろくろに載せなさい」
「は、はい」
柚樹は粘土を、ろくろの上に載せた。
「いよいよこれからが本番じゃ。だが、案ずることはない。ここまでよく捏ねていれば、あとはろくろを回すだけで彼女が誕生する」
クヌムは目を細め柚樹に微笑んだ。
「そ、そんな簡単に」
「もうすぐ彼女に会えるぞ」
柚樹の顔が、パッと明るくなる。
「ろくろを左に回しなさい。ゆっくりとな」
柚樹はろくろを慎重に左へ回した。
すると、ろくろの中にモーターが入っているかのように、滑らかに回転をはじめた。
「わぁ、独りでに回転しだした」
柚樹は驚き目を大きく見開いた。
「あとは粘土に両手をかざし、理想の彼女をイメージするだけじゃ」
柚樹が粘土に両手をかざすと、藤沢彩愛のような理想の彼女をイメージした。
すると、ろくろの回転速度がグングン上がり、ピンクゴールドの光を放ち始めた。
「まぶしい……」
柚樹はあまりの輝きに耐えきれず、そのまま意識を失った。
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