初めての恋人

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初めての恋人

「……柚樹、柚樹」  心地よい声が耳に響く。柚樹は、うっすらと目を開けた。 「ああ、よかった」  柔らかな声と、優しい眼差し。 「き、君は……」  柚樹は、目の前の可愛らしい少女をまじまじと見た。 「彩愛よ。本当に心配したのよ」  彩愛がにっこり微笑んだ。 「彩愛、だって!」  柚樹は彼女を二度見し、おき上がろうとした。 「だめ、安静してなきゃ」  柚樹は彩愛の膝に押し戻される。 「どうじゃ。彼女の膝枕は」  クヌムがろくろの上からニッと笑う。 「これは夢じゃなく現実?」 「初めての制作にしちゃ、ずいぶんいい女を作ったもんじゃな」 「本当に彩愛ちゃん」  柚樹は体を起こし、彩愛の前に正座した。 「……」  裸の彩愛に、柚樹の心臓は破裂しそうだった。 「人間、生まれた時は皆、裸じゃ」  クヌムは、当然のことのように言う。 「た、確かにそうだけど」  やりばのない目を、柚樹はもてあます。  彩愛は恥じらうことなく、柚樹を真っ直ぐ見る。 「正直に言え。裸を妄想してたんじゃろう」  柚樹はこくんと頷き、頬を真く染めた。 「ワッハハ、正直でいい。彩愛はおまえの愛と真心が生み出した最高傑作じゃな」  クヌムは満足げに右手であご髭をさすった。 「彩愛」 「柚樹」  二人は磁石で引き合うように、手を取り合った。 「わしはお邪魔虫のようじゃ。こっちが恥ずかしくなってくるわ」 「クヌム、ありがとう」 「いいことを、教えてやろう。彩愛は見た人の記憶を変える魔法の力を持っておる」 「記憶を変える魔法?」 「たとえば母親が彩愛を見れば、おまえの彼女だとその場で思い、君らはずっと同棲していると思い込むんじゃ」 「や、やった!」  柚樹と彩愛は幸せそうにはしゃぐ。 「要注意事項じゃが、彩愛の前で絶対にろくろを右へ回してはならんぞ。彩愛が土にかえってしまうでな」  クヌムは最後にそう言い残して姿を消した。  クヌムが去った後、柚樹は彩愛に自分のTシャツと短パンを着せた。  コンコン、ドアを叩く音がした。 (や、やばい) 「柚樹、おやつよ」  母親が、遠慮なくドアを開ける。 「彩愛ちゃん、いつも可愛いわね」  母親がまるで家族のように彩愛と話す。 (母さんは彩愛の魔法にかかったんだ)  暫くして母親が部屋を出て行くと柚樹は、 「彩愛の服がいるね」  空の財布や貯金箱を覗き、ため息をつく。 「柚樹、粘土残ってる?」 「粘土なら少しあるよ。でもどうして?」 「ちょっと貸して」  柚樹が余った粘土を渡すと、 「これで着る物やアクセサリーを作れるの」  彩愛はろくろに粘土をのせ左に回した。  すると魔法のように衣服やブレス、イアリング、口紅、バッグができた。 「ふふっ」  彩愛は微笑みながら着替えを済ませ、メイクしアクセサリーを身につける。 「できあがり」  長い黒髪、淡いピンクのワンピ×デニム。 「すごく、かわいい」  彩愛は柚樹の頬に唇を強く押しつけた。  翌日、二人は早起きして街に出かけた。  まだ9時だというのに、大通りは車で渋滞し、歩道は行き交う人で溢れていた。 「あたし海が見たい!」 「じゃ、決まり!」  二人は手をつなぎ、肩を寄せ合い港の遊園地へと歩いた。 「観覧車に乗ろう!」 「キャハ!」  観覧車がゆっくり動き次第に海が広がる。 「キスして」  柚樹の頬に彩愛の唇が軽く触れる。  柚樹は無我夢中でキスをした。  浜辺におりた二人は、水遊びや追いかけっこして遊ぶ。  夜になると、海に鏡のような満月が煌めいた。  バン、バン、ドーン、ドーン、バリバリ 「ハートの花火ね。カワイイ─」  彩愛が柚樹の袖を引っ張り、はしゃぐ。   柚樹は彩愛の横顔を見つめると、幸せで胸が一杯になった。  初デートは大成功した。  こうして柚樹と彩愛の同棲生活が始まった。  日を追うごとに二人の絆は深まり、夏休みが終わる頃、柚樹は人が変わったように明るく積極的な少年になった。
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